軍服と女学生


其の翌月の半ば、長い髪をリボンで結び、鼠色の絣の振袖に濃い紫色の袴で決めた茜は嬉しそうに鞄を振り回した。なんちゃって女子大生、と自分で笑い、はて、此の鞄を振り回す癖、私は知って居る。
嗚呼そうだ、神戸から来た茜を初めて見た日、其の日も鞄を振り回し、危ない女だ、と記憶した。新しい事に直面した時、其の癖は出るらしい。嬉しさと希望と不安を一緒くたにした感情。
「今日は何ですかねぇ。」
「うふふ、ピアノですのよ。」
「ピアノ、はぁ、ピアノですか。ブルジョアジィですなぁ。」
「うふふ、うふふ。」
実に嬉しそうである。夫であり乍らこう云ってはアレだが、正直、こんなきらきらした笑顔を見たのは初めてかも知れない。
結局茜は提示したダンスとピアノ、加えて英語の習い事を其ゝ週一の予定で入れた。要するに、二日に一度、必ず私以外の人間と話せる様に為った。
「ほんなら、気ぃ付けて行ってらっしゃいな。あ、出先で関西弁禁止、忘れんなや。」
「心得えておりましてよ、八雲さん。」
心配する事は、何、無かった。茜は私よりずっとずっと、教養がある。
本当、一見すると女子大生だ。茜も、私の後何ぞ追わなかったら、なんちゃってで無く本物の女子大生だった。
私は如何だろうか。現在二十一、軈て二十二歳に為ろうか。在の侭故郷に居ても十八で茜との結婚は決まって居た。茜は舅の望み通り女子大生だろうが、私は如何だろう。何の想像も無い。故郷の男達の人生は、皆、似たり寄ったり、想像する迄も無い。或いは極道か。其の何方かだろう。変調も無い、小川の様な人生。事実、謙太がそうだと吐く。悪友二人から毎年年賀が届き、謙太は一人娘がおり、其の世話、光大は未だ独身、近々結婚するらしい。
――詰まらない人生だね…?
年賀状に書かれる報告を読む時決まって、次男の言葉が耳を突いた。
私の人生は、如何だろうか。
茜が女子大生の格好をする、そして私は。
「さて白虎、行きましょうか。」
勝手良し、施錠良し、蟻の一匹も入る隙間無し。全点検抜かり無し。
「斎藤八雲、出航ぉ。今日は先に老師の所ですよ、白虎。」
――Aye-aye Sir!




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