そんな関係


「御前、其れでも男なのか?」
珈琲を掻き回す美麗は、砂糖が少し残った所でスティックを抜いた。そうして残った砂糖をしゃぶり乍ら、長い真っ赤な爪を揺らす。
「三ヶ月に一ヶ月とか。」
赤い色で縁取られた唇、抜けたスティックに砂糖は無かった。だからか、甘党の癖に珈琲に砂糖は入れないソーサーに置かれた侭の一幸のシュガースティックを摘んだ。
「美麗、飴上げるから。しゃぶるの止めな。」
私がそう思って居た様に、一幸も下品だと感じたらしく、黒い目を上に向け、ポケットを弄った。云っても聞かないのが美麗だ、一幸が飴を出すより先に咥え、歯で挟んだ。
白い砂糖と真っ赤な唇、一寸上を見ると紫の目、漆黒の髪が、紫色の頭巾から垂れ下がる。
美麗は“赤”“黒”“紫”で形成される。何時見ても美麗は、其の三色しか無い。
赤は、個人的には嫌いでは無いが、なんせ妻の茜が大の赤系統色嫌いな為、家に赤い物は一切無い。見慣れない色で、何時迄経っても慣れない、美麗の爪と唇は。
一幸が漸く飴を出した時、スティックの砂糖は失せて居た。
赤い色彩が移ったスティックが、二本並ぶ。
「一幸も性欲無いけどな。」
「ほら、飴。」
「あー。」
「もうしたら駄目だよ。」
一幸は平気なのだろうか、赤い唇が。少し紫色した飴が、細い一幸の指先から、すんなり赤い唇に吸い込まれる。
私は其れを、湯気を挟んで眺めた。
「眼鏡、曇った。」
此れは建前で、視界が霞めば、美麗の毒々しさを直視しないで済むと、眼鏡を外した。
「人相悪いね、八雲。」
「外したら一層な。」
「うっさい。」
人相悪いのは自覚する、だからと云って、自覚した所で私の視力が良く為る訳でも無い。
「御宅等は如何何ですか?」
「何が?」
「いや、だから。」
夫婦生活が三ヶ月に一回と云ったらば、美麗から猛攻受けた。貴様其れでもタマあるのかと。
然し、美麗は同性愛者、の癖に何故か、何時からか知らん、此の二人はそんな仲に為った。
詰まり、ねえ君、いやん貴方、の恋人。
他人の恋愛も自分の恋愛も全く関心無い私は、聞きもしない。十八からの今迄の苦節おめでとう、と云う所。
見て居る分には面白いカップルではある。美麗がてんで子供だから、私より一つ上の癖に、私より一つ下の一幸に世話焼かれるのを見ると愉快だったりする。今の今迄、身の回りの事は全て父親がして居た、其の父親が他界し、後任したのか一幸だ。
一幸も一幸で、幼い事から自分の事は自分でし、居ない父親の変わりをして居た。面倒見はかなり良い。
一方で、至上最悪に育った弟――折は、美麗と全く同じタイプである。
折は一幸と云うより、兄の癖に弟の新に全て任せ、預け、べったりだった為、全く何も出来無い我が儘坊ちゃんに成長した。新も新で、一幸が記憶するには面倒見の良い、自己犠牲型だったと云う。
美麗と折がカップルに為ったら、楽しいかも知れないが「御前が遣れよ」「あんたが遣れよ」で喧嘩に為る。友達としては、二人が揃うと最強の傍若無人コンビで、私や一幸がどっと疲れるだけ、問題は無い。
折に好かれて居る事を知り乍ら、又、今迄の態度を一変させで一幸を選んだのは、かなり頭が良いと見える。
一幸なら、父親の変わりに自分を受け入れる、と。
此の二人が男女の関係にあるのを知ったのは、案外些細な事だった。何かで言い合い、私が「うっさい童貞」と云ったら「もう違うもん」と、一層唇を尖らしたから。等々、父親譲りの女遊びが発動したか、とわくわくしたのだが、何だ詰まらん、相手は美麗では無いか。糞面白くも無い話に、言い合いは鎮火した。
一体何時から付き合い出したのか、興味無ければ聞きもしないが、そんなに君達はしてるんですかねと聞きたい。
三ヶ月にいっぺんの何が悪い、茜見てみぃ、やる気もヤる気も起きませんがな。
見るからに性欲無さそうな顔、薄っぺらい顔、伸びきった素麺みたいな其の顔。此れが勃起すると云うのか。同じにぶら下げて居ると云うのか、信じられん。
美麗は私から見ても完璧な身体付きをする。胸と尻にどっぷりと…いや、こう云うとまるで中年熟女の無駄肉と勘違いされて仕舞いそうだから訂正、ぱん、と張り詰めて居る。見るからに固そうな胸、尻、そして太股。此の伸びきった素麺が貪り尽くして居るのか。
少し、腹が立った。
我が妻と変わって頂きたい。
一幸なら、例え茜体型でも喜びそうである。
私は、如何せん、少年期の妄想相手が英吉利のセックスシンボルな為、美麗の肉体はかなり良い。
美麗相手になら毎日でも、と考えてみたが、毎日に様に会って居るのに全く今の一度も欲情した事無いのに気付いた。似た様な体型のアノ女優なら、朝昼晩とイけるのに。
詰まり此れは、美麗が悪いのだなと、頷いた。
「三ヶ月に一度って、如何思う、一幸。」
「男して終わってると思う。」
何を、此のつい此の間迄、排泄の為だけにぶら下げて居た癖に偉そうな。こちとら、御前より、ずっとずっとずぅと昔に結婚迄してますわ。彼此七年前に。籍入れたのは三年前ですが。
「ほーお、云うな一幸。ほんなら御前は如何やねん。」
がしゃんと、態と音を立てカップを置いた。
「…昨日、しましたよね、美麗さん。其れはもう、官能的な。」
「先週もした。情熱的な。」
「寒いからね、やっぱりね。」
「引っ付きたいもんな。」
「ね。」
鍋か。
御前達のセックスは鍋なのか。
然し、と美麗は空のカップを置く。
「三ヶ月に一度でも良いけど、八雲の場合、其れ以外で触らないだろ。」
「触ってるがな、御宅等みたく手ぇ繋いでますよ。」
「じゃなくて…」
空のカップ、一幸が新しく美麗の珈琲を注文した。
「我は同性愛者だろ?セックスって、突っ込むだけじゃない訳、判る?女に突っ込む物は無いの。でも、きちんとセックスに為ってる。意味、判るか?」
「ま、何と無く。」
「御前が立たなくても良いんだよ。茜女士に触れたら。ほんで。」
「ほんで?」
「イかせろ、週一で。茜女士が満足したら、其れがセックスだよ。」
珈琲が来る迄暇なのか、美麗は紙ナプキンを千切り始めた。
「姉様も云ってた。此の世で一番詰まらないセックス、其れは男と女のセックスよ。」
横に座る一幸の黒い目が、ちらりと動いた。
「男って、本当、詰まらん思考しか持ってない。一幸、御前は別な。八雲は如何か知らんが、男は皆、女は突っ込まれる事を望んでると思ってる。そんな女も、居ないって事。過去に居たんだよ、女とデートしたって云ったら“満足して無いでしょう?”って。死ねば良いのにな、そんな男。女は、其のぶら下がるモノが欲しいんじゃ無いんだよ、快楽が、欲しいんだよ…男は其れを知らんらしい。」
美麗の云う事を理解して居るのか、一幸は薄く笑う、其の薄い唇で。
「男女逆転でも、セックスって、事。」
薄情な程薄い唇から漏れた“セックス”と云う言葉は、私の知る其れとは全く異なる意味を持つ言葉なのかと錯覚した。
「はい…?」
「ねー、美麗さん。」
「なー、一幸。」
「其処に、快楽があれば、ね。」
果して此の男は、私の知る男なのか。
確かに一幸の身体に流れる、快楽主義の血の流動を見た。
「…女同士て、何時終わんの…?」
「…下劣な思考だな、八雲。」
男が果てれば終わり、其の考えこそが、俗悪な事。世界一詰まらないセックス。
「男が果てたらセックスは終わり、なら、強姦も、セックスだな。」
「詰まんない考えだね、八雲。セックスとメイクラブは、違うんだよ。セックスと交尾が、違うのと同じにね。」
赤い唇と薄い唇が、同じ角度に釣り上がった。
珈琲の芳香が、ふんわりと鼻に抜けた。




*prev|1/6|next#
T-ss