余程らしい


私に用事があるなら、夜、私が居る時間家に電話をすれば良いのに、と少なからず感じた。茜が真横で盗み聞きして居る訳でも無し、困る事は無いのに。然し松山は、明日帰るので、近くに居たから、と云う理由で機関に来た。
ほんの二三分、今日の夜空いてますか、まあ、ほんなら空けとって下さい、向かえに来ますから、と。其れだけ受付でさっと済ますと黒塗りの車に乗った。開いた後部席に吸い込まれる様に。運転席にも助手席にも、松山と似た様な格好した黒服が、鋭い眼光光らせ乗って居た。後部席は生憎カーテンを敷かれ判らなかったが、多分松山一人だろう。見えた感じそんなだった。
子分連れて若頭が、何で東京来てんの。
松山は良く一人で東京に来るが、子分連れては初めて見た。何時も一緒なのかも知れないが、行動は何時も一人で、何だか不吉な気持を知った。
下っ端のチンピラ連れて居るなら“東京見物”“東京に居る奴等”位で流すが、前二人は明らかに松山と同じ程の臭いがした。
極道鼻で判り始めたとか、わい、相当いってるな。
そら流石に、チンピラと上層部の違いなら一般人でも判るだろうが、スーツに為ると違いが判らないだろう。下の方か上の方か…。前二人は明らかに上層部、其れも松山の側近に近いと見た。
信用しない奴に運転はさせんやろ?
詰まりそう云う事。
夜叉が乗る車は松山しか運転しない。
詰まりそう云う事。
然しまあ、こんな所で極道の関係図等考えても仕方無いので戻った。
其れから六時迄本の整理や何やらし、出た時にはがっつり昼間見た車が停まって居た。
「何処に拉致する御積もりですかねぇ。」
窓硝子に浮かぶ松山に云った。後部席のドアーが開き、乗り込んで、心臓を止め掛けた。運転席に座る男が、ルームミラー越しに私を物色して居るのだ。辺りが暗く為り始めて居る分、其の眼光は一層強く、鋭かった。
「あ、そか。御前、知らんのか、場所違うから。」
男が何故に私を警戒的に物色するのか、気付いた松山は、男の顔を私に向けた。
「よぅ覚えとき、御嬢の旦那さん。次睨んだら、目玉穿る。」
「…どうも…」
「失礼致しました。」
男に訛りは無かった。其れが又不気味だった。
極道になんか、顔覚えられたないわ…。
思うが、思うだけ。二度と会う事は無いだろうから。
「そんでな、八雲はん。」
「はあ。」
「一人で飲むん嫌やから、付き合おうて。料亭。」
「…嫌、云うたら?」
「八雲はん浮気してる、て御嬢にデマ流す。」
汚い。
そう呟くと「其れが仕事」と皮肉な笑顔を返した。




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