猫の交尾
シャワーを終えた俺は、先にシャワーを浴び、きっちり服を着る後ろ姿を眺めた。そんなキースはと云うと、カフス釦を止め乍ら壁に描かれるベルガモットを眺めて居た。
「石鹸使わなかったの?」
「俺に死ねって云ってるのか。」
「ヘンリーって、そんなに嫉妬深いの?」
情の厚い人だとは思うが、嫉妬等醜い感情を持たない人だと思って居た。好きにすれば?君が俺以外に本気に為る訳無いんだから―――ある意味傲慢、ある意味自惚れ。
壁から視線を離し、俺を見る。
「判らん。俺は嫉妬深いが。如何思う?」
「諦めてるだけにも見える。」
紺色の生地に浮かぶ白いローズの毛。石鹸を使わない程思慮深いのだから、俺はブラシを掛け乍ら言葉を繋いだ。
こんなに愛して居る、愛されて居るのにこんな事を繰り返すキースは不思議で堪らない。誰の手でも、絡み合った心は決して解ける事が無いと二人は知ってる。
「諦めか、そうだろうな。」
「ヘンリーは平気なの?」
「昔は怒ってたさ、付き合い初めて一年位は。」
「一年もしないで浮気するあんたの性格も如何かと思うよ…、五年位経ってからなら未だしも…」
「駄目何だよな、俺。」
「何が?」
ブラシが離れ、軍服に毛が付いて居ない事を確認したキースはソファに座る。
何だ此奴、未だ居座る気か。早く帰れば良いのに。
紅茶を出すには似合わない時間、結局ブランデーを渡した。からからと氷を鳴らし、グラスを回す。組まれた長い足が揺れ、右手で頭を支えた。
グラスの上を覆う長い指、今気付いたが…いや、俺がシャワーを浴びて居る間に現れたのか、銀色の指輪が光る。
「歪んでる、相当。」
「知ってるよ。」
「マゾ何だろな、俺。シャギィ以上に。」
云ってグラスに口を付ける。
「ヘンリーが、怒るだろ?安心するんだよな。」
俺は肉体的マゾヒスト、だけどキースは精神的マゾヒストだった。俺は誰かに心何か求めちゃ居ない、二人がする恋愛を、心では実際馬鹿にする。だってそんなの不可能何だ、心で繋がり合うなんて。
浮気をして、ヘンリーを怒らせて、愛情を確認して、其れでヘンリーは、許しを請うキースに「ほらねやっぱり俺しか居ないだろ?」と自己を確立する。
キースも歪んで居るが、一番歪んで居るのは好きにさせるヘンリー本人。
「キース、其れ、何て云うか知ってる?」
―――共依存。
ヘンリーは、誰かに必要とされないと自己を確立する事が出来無い人間何だと知った。ヘンリーは自分でもキースでも気付かない内に、キースを雁字搦めに縛り付けて居る。
浮気しないのが一番の愛情では無く、浮気をしたキースが自分の存在が如何に大きいかを、自分に教えて呉れるのが一番の愛情だと、自分自身とキースに伝える、無意識に。だからキースは浮気を繰り返さなければ為らない。ヘンリーの自己満足を満たす為に。
「ヘンリーって、一寸危険だね。」
そんな危険な物に惚れた俺は異常者。彼が望むなら、其の自己満足を満たそう。
グラス半分酒を残し、ローズの頭を撫でたキースの、頬を撫でた。
「何時でも来て。」
「浮気の定義は、一回で終わらす事。二度目は無い。」
「残念。あんたは嫌いだけど、あんたの身体は大好きだよ。」
「俺の愛人に為る覚悟があるならな。」
「絶対嫌。」
だろう?と、眉は吊り上がり、俺の唇を噛むと風を残して消えた。
ベルガモットの木、其の下には死体がある。幹をなぞり、床に座った俺は紺色の絵の具を木の下に足した。そして其の上に、黄金色の薔薇を弔った。
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