Dear Mam
「ねえ、ブラッド。」
「ん?」
「何で、アーティストに為ったの?」
ハロルドの問いに、ブラッドは薄く笑い、御前と似てると云った。
ハロルドがダンサーに為りたかったのは、母親の為。
ブラッドも同じだと云う。
昔から勉強は出来無いが、ずば抜けで美術の成績は良かった。アーティストを目指したのは十歳の頃、学校で作った作品が金賞を取った時である。裕福とはとても云えない家庭、其れでも母親は息子の才能を信じ、大金を注ぎ込んだ。ブラッドは其れに応える様にハロルド同様頭角を現し、家に賞状が沢山並んだ。天才だと過信した訳では無い、自分の作品が素晴らしいとも思わない、唯、母親が喜ぶから。
アーティストに為ったのは、母親に楽を見せ、変わりに笑顔を見たかった為。
其の為だけにブラッドは作品を作り始めた。
けれど現実は、才能だけではのし上がれ無かった。
「世の中、金何だ…」
進学出来無い、経済困難の壁にぶち当たった。息子の才能は本物だと、母親も周りも理解して居た。けれどブラッドに其の場を提供して遣れる人間も人脈も無かった。独学で作品を作った所で、見せる場所も無い、又年齢からしても相手にして貰えない。
「俺は世界一の不孝息子だ…」
息子の為に母親は何をしたか。
幼い頃、在れ程望んだ父親の存在。何故父親が居ないのかはっきりと理解出来た年、父親が出来た。大金と共に。
相手は、母親の勤務する病院の、院長だった。
与えられた場所、夢に迄見た大金、手伝いの居る豪邸、なのに一番大事な物をブラッドは無くした。
「其の日から、一切笑わなく為った。」
母親の笑顔が見たいが為作品を作って居た、なのに結果は此れだった。父親が母親に触れる度、ブラッドには殺意が湧いた。
父親と、自分自身に。
父親は熱心なクリスチャンで、又其れもブラッドの神経を逆撫でた。ブラッドが反キリスト思考で作品を作る原因と為った。
何が神だ、何が救われるだ、そんな物は所詮、偽りでは無いか。
母親の笑顔を無くした其の変わり、ブラッドは学歴と功績を残した。そして全ては、卒業作品から始まった。母親に対する全ての愛情を石に込め、聖母と題した母親を彫った。卒業作品にしては余りに完璧、見たかったのは笑顔であったが其の石像を見、見せた其の涙もブラッドには笑顔と同等の価値を見せた。
ブラッドは、此れを作る為だけに才能に、確かな技術を付けたのかも知れない。大学を卒業するや否や、ブラッドは母親を残し、家を出た。
ブラッドが恨まれて居ると云う妄想に取り付かれたのは、此の二つの出来事であり、犯罪者と為った自分では無い。
父親は決して悪い人間では無かった。支配的でも、傲慢でも、母親の弱みに付け込んだ非道な男でも無かった。父親は純粋に母親を愛して仕舞い、状況を知った為結婚をした。けれどブラッドには、嘘としか思え無かった。母親は男を愛せず、実際母親は父親の事を愛して居なかったが、ブラッドは勘違いして居た。笑顔が消えたのは、其の時丁度、息子の才能を如何するか考え過ぎた所為にノイローゼが発症がした。仕事も正確に出来ず、此の侭では二人揃って駄目に為ると見兼ねた院長、父親が手を差し延べた。重なって仕舞った為ブラッドには、父親と自分を恨む充分な要素と為った。
卒業作品の時、聖母と題した作品を作らなければ、素直に“母”と付けて居れば、其れこそブラッドが本来夢見た、“自分の才能で母親を楽にして遣る”事が出来たに違い無い。家を出る積もりは無かった。然し、家を出る前の晩、聖母から生まれたのは一体何かを考えた。そうして、全く自分とは反対の生物が生まれた事に気付き、家を出た。
「聖母の傍に居るには、余りにも外道過ぎた。」
其処からブラッドは性格が一変し、アンチ・クライスト作品を世に出した。
「キリストを罵るのは、俺を罵る事を現してる。」
聖母から生まれたのは、キリスト。神の使いに為る積もりは無く、ならばユダに為ろう。
全ての神経と怒りを、父親と自分に向け様。
ユダを十字架に張り付けて見たり、キリストに十字架を踏ませて見たり、十二使徒を凶悪にした。
然し何と云うか、皮肉な物で、世間の一部は其の発想を認めた。最初はブラッド自身も満足して居たが、本当にこんな物を作りたいのか疑問が湧いた。
そんな疑問を持った中で、ブラッドは本当に作りたい物を見付けて仕舞った。
在る日、一人のブロンドの女を見付けた。昔の母親に良く似ており、暫く凝視して居た。母親は元気だろうか、そんな考えだった。
「俺は、母親を愛してた。其れは母親だからって、ずっと思ってた。」
ブラッドの潜在意識は、突如表れた。
父親を嫌った理解。
其れは他為らない、嫉妬だった。
「信じられるか?自分の母親を愛してるとか。頭がおかしく為ったと、素直に感じた。」
或いは神罰。
恐怖に駆られたブラッドは石像を薙ぎ倒し、一度目の施設送りと為った。其れでも恐怖は拭えず、二度と石像は作らないと道具を全て捨てた。当然金は無くなり、結果窃盗で捕まり、二度目の施設送り、御前には才能がある、違う形で良いから必ず更正して呉れと空軍に入れられた。
全ては順調に見えた。
順調であった。
其の筈が、ブラッドは確信したと云う。
「俺は生まれ乍らのアーティスト。」
様子を見に来た母親に、欲情した。母親と夕食を済ませた其の帰り、猛烈な作品意欲に取り付かれた。こんな感覚は久方振りで、暗い公園の地面にイメージを書いた。
「死ぬかと思った。其処に居たのは、息子とフ**クする聖母だったんだ。」
持って居た石は手から落ち、震えが止まら無かった。何とか此の震えを止められないか、ブラッドは奇怪な行動をした。神の悪戯とは此れで、ジャケットから、何時のか判らないコカインが出て来た。全部捨てた筈、押収された筈だと思って居たが、此のジャケットは、母親が渡した物だった。
此の恐怖から逃れられるなら、躊躇いは無かった。
湧き出る発想、溢れる意欲、楽しかった。
其処に、第一の作品、リサが現れる。
冬で無いとは云え、寒い。ヘラヘラと笑った侭ベンチに寝て居るブラッドを見付けた帰宅途中のリサは、酔っ払いが倒れて居るのだと信じた。
――一寸貴方、大丈夫?
揺れるブロンド、微かにする薬品の匂い。
錯覚した。
――有難うママ…大丈夫だよ…
――嗚呼、酔ってるのね。
――ママ、病院は?今日夜勤って、云ってたじゃん…
偶然にもリサは、看護師であった。故にブラッドを放って於け無かった。其れも精神科勤務であり、意識のはっきりしない人間を相手にするのは得意であった。
――大丈夫よ。貴方が心配で帰って来たのよ。
――本当…?
のっそりとブラッドは起き上がり、倒れる様にリサに抱き付いた。驚きはしたが、余程母親が好き何だなと頭を撫でた。
――ママ…?
――何?
――愛してるよ…………
「後は其の侭、サイコアーティストの復活だ。」
気付いた時には事が済んだ後だった。自分が一体何をしたか混乱し、放心状態のリサに必死に詫びた。
――警察に、突き出して呉れ…。頭がおかしく為る…
切実な願いだった。そう云ったにも関わらずリサは警察に訴えず、其れ所かリサはブラッドを不憫に感じ、母親同様、全ての愛を与えた。
訳が判らず、ブラッドは混乱した。母親に対する愛情、リサの不可解な愛情、自分を取り巻く不愉快を全て薬で消し、一体に付き一ヶ月の時間を費やし作品を作り続けた。
快楽の為では無く、アーティストとして。
被害者は一貫して、ブロンドで自己犠牲愛の強い女。
「ねえブラッド…」
「ん?」
「此処から出たら、何をする?」
「そうだな…母親を抱き締める。俺、一度も母親を抱き締めた事無いんだ。ハグされて、キスされて、好き好き大好きよブラッド、其れはあるけど、自分からした事は無いんだ。」
其れをした時、自分は………。
「聖母の子供に、為れそうだ。」
「出来ると良いね。」
「嗚呼。」
ハロルドを見たブラッドは苦笑い、正面を向くと威嚇した。
「おい糞司祭、好い加減、許可出せ。五年以上居るんだぞ。」
「駄目です。」
「懺悔室に二時間、残り一時間は、有難ぁい御言葉聞いて遣るから。」
「絶対に出しません。貴方毎日此処に居るじゃ無いですか。半年、一度も来なければ考えます。」
「云ったな?」
「遣って御覧為さい。」
暗い硝子越しに司祭は笑う。
遣って遣ろうじゃねえかとブラッドは強く出たが、翌日早々、ランチタイム前にハロルドと仲良くぶち込まれた。
此の二人が仲良く為った理由は、一つしか無い懺悔室に、連日一緒に居たからである。ハロルドを初めて見たブラッドは、「何だ男かよ」と、一瞬其の美貌に眩んだ。
――御前、リンダ・ヴォイドに似てるって云われないか?
――偶にね。
――良いよなリンダ、フ**クして遣りたい。
等と未だ知らないブラッドが云ったものだから、狭い懺悔室で殴り合いに為った。
――二度と母さんに対してそんな事云うなよっ
――笑える、とんだマザーフ**カーだな。
――御止め為さい、二人共っ
――黙れよ、てめぇも聖母で抜いてんだろうが、糞司祭。
――ジーザス…
懺悔室での乱闘、司祭への暴言、当然取り押さえられたが、ハロルド達の口は止まら無い。
――陛下の糞御犬様が、躾が為って無いね。
――ママのおっぱい擦ってる夢でも見とけ、特に海軍のマザーフ**カー。
――英吉利男は皆マザコンさっ、ママちゃま万歳っ
類を以って集まる。
此処に居る男達は皆、何かしら“ママ”に取り付かれて居る。
ブラッドは聖母(母親)を抱き締める事が出来るか、其れはキリスト(自分)が決める事である。
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