Dear Mam


雪の所為でか月明かりは無く、真暗であった。錆付いた音が聞こえ、反響する足音、暫くすると光を見た。床に座った侭壁を睨み付けるハロルドを確認したキースはチェックし様とファイルに気を向けた。ノーマル、そう書いた後又確認の為覗いた。目の前にハロルドの目があり、不意を突かれたキースは息を漏らした。
「心臓が、止まるかと思った…」
「君、犯罪者が何故犯罪者に為るか其の仕組み、知ってる?」
「何?」
息みたく微かな声でされた質問。又支離滅裂な事を言い出したとキースは相手にせず、首を捻り寝る様指示を出した。ハロルドの向かいの部屋を確認し、其の侭廊下を戻ろうとしたキースを、ドアー叩き引き止めた。
「御前、毎日毎日好い加減にしろよ。薬は完全に抜けてる筈だろう。何で毎日毎日喚くんだ、喚かないと気が済まないのか?」
舌打ちと共にキースは吐いた。
「機嫌、悪いね…?色男さん…?」
挑発的なハロルドの目にキースは懐中電灯を向け、怯んだ隙に足を進めた。然し其れでハロルドが諦める筈も無く「暴れるよ?」そう挑発した。
じゃらりと鍵束が鳴る音が聞こえ、溜息混じりにキースは開けた。
「今日は何だ。」
「犯罪者のプログラムだよ。プロセスでも良い。」
「自分の胸に手を当てたら良いんじゃないのか?」
「生憎俺は、レイピストじゃなくてね。窃盗もしない。」
「ブラッドか…」
やけに熱心だなと、醜い嫉妬を見せたがハロルドは聞いて居なかった。
「此処は更正施設。頭のおかしな犯罪者がうようよしてても警察の精神病院じゃない。俺は海軍の人間だ、犯罪心理学は学んで居なくてね。」
きちんと施錠したドアーに凭れ、キースは云った。
「御前は余程頭使うのが好き何だな。」
キースは笑って云うが、そうでもしなければハロルドは余計な事を考えて仕舞う。ブラッドが母親を思い出したく無い様に、ハロルドにも思い出したく無い記憶がある。神が一つだけ願いを叶えて呉れると云ったら、迷わず二人は「記憶を消して呉れ」と云うであろう。
組んだ手で口元を隠した侭、ハロルドは一点を見て居た。
「ブラッドって、何で薬をするの?」
眩しそうにキースを見上げ、懐中電灯に照らされたハロルドの其の顔は、支離滅裂な事を暴力的に喚く男の顔では無かった。
ハロルドが薬を用ったのは“快楽”の為。此処に居る死体の大半は此れである。子供もルカ同様、“大人側”の支配欲を満たす為の、此れも快楽である。
グレンは違う。此れは“逃避”の為であり、異空間に飛ぶ言わば“儀式”である。ルカが常に自分をアリスだと云うのは、唯一読んだ本が此れのみで、此の異空間しか知らない為。原本のみ為らず、翻訳される全ての世界に跳んで居る。ルカにとっては現実が異空間であり、本の世界が現実であるのだ。
「儀式…?」
其処でハロルドは、昨日のブラッド、“儀式の日”を思い出した。
「ブラッドが儀式をする日って、決まってるんだよね?」
「嗚呼。」
「其れって若しかして、ママの誕生日だったりする?」
「さあ…、母親については、何も話さないから。」
「生きてる?」
「其れは確認してる。ブラッドは強制入隊させるには余りに凶悪、国外人同様保護者に引き取って貰うケースだ。」
けれど出入りの繰り返しと凶悪性から見て二度と管轄の許可が下りないであろう、一度は空軍の工作員として入隊したが除名されたとキースは続けた。
ブラッドの母親は生きて居る。
聖母と迄呼ばなれる母親が、引き取り拒否をする筈が無い。ブラッドが拒否をして居る他無く、矛盾とも取れる儀式を繰り返す。恨まれて居ると云う妄想に取り付かれ、けれど愛して居る為会いたい。
ハロルドは思う。
最初は単に、発想が爆発したのだろう。其の発想を無くさない様、薬を買う金を盗んだ。そうして生まれた、反社会的な作品。
此処迄はアーティストに良くある話だが、ブラッドは此処から転落したに違いないとハロルドは踏んだ。
新聞と云うカンバスに載った、其の時から。
ブラッドが作品にしたのは余罪を含め切り良く三十件。然しブラッドは重大なミスを犯した。
自分が作品に為った事で、もう一つ作品を作って仕舞った。
其れが母親。
――深い所に傷を作る。
――傷の中で生きる。
――此れぞアート。
ブラッドは言葉通り、一生消えない深い傷を母親に作った。
親愛為るママを、作品に、其れも無意識にして仕舞った。
天才と羨望された息子は一変、唾を吐き掛けられる犯罪者と為った。
母親への罪悪感、二度と聞けない言葉への悲壮感、消えない愛情。
穴に落ちるのは簡単さ……。
自分で云った言葉が、正に目の前にあった。
ブラッドは、此の穴に落ちた。出る所かブラッドは、自ら其の穴に薬と云う土を掛け始め、生き埋めを望んだ。暗く息苦しい穴の中は、母体、愛しいママの中。
大方そんな所だろうとハロルドは推測したが、余りにも簡単過ぎる。ブラッドにはもっと、違う理由がある筈だと、ハロルドは考えを止め無かったが、思考力の限界であった。
「ホームズやポワロには為れないかも。」
「御疲れ、名探偵。」
「はは、皮肉を有難う。」
「いいえ?」
鍵束を鳴らし、険しい顔のハロルドに一杯懐中電灯の明かりを向けた。眩むハロルドの隙を見て部屋から出、確認窓から青い目を向けた。
「御休み、ドクター ジキル。」
「其の、ジキル博士って止めて呉れないか?」
「ジキル博士で大人しく寝ろよ、ミスター ハイド。」
「ハイドに為って遣ろうか…」
硝子越しに二人は目を重ね、又一度懐中電灯を向けるた。硝子一枚隔てては居るが目に直接当てられたハロルドは部屋の中で悶絶し、散々嬲るだけ嬲ったキースは靴を鳴らした。




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