松山さん2 ―冷たい華―


夜中に目を覚ました。寝る時開けた内倒し窓から入る風は冷んやりし、わしの身体を心地良く愛撫する。
朝方の四時、空の明るさで大体の時間が判った。
後三時間は寝るか、と未だ未だ重たい瞼を閉じ、いや然し、何故こんな中途半端な時間に目が覚めたのか横を向いた。
そうか。
風が冷たく感じたのは、腕に触れる冷華の身体が燃える様に熱かったから。
眉間に寄る皺、唇は噛み締められ、首筋と額には汗が滲んで居た。
「冷華、おい冷華て。」
「……つい…」
「冷華。」
「熱い…ッ」
熱いと冷華は頭を抱え、身体を縮こませた。
「冷華ッ」
「は……」
ベッドに押さえ付けた両手首は火の様に熱く、熱さに充血する目は涙を流し、繰り返し吐き出される息は熱風だった。
「誠昭…?」
「燃えてない、大丈夫。」
黒目を部屋中に張り巡らせた冷華は、漸く自分の居る場所を理解し、安堵其の物の表情で胸を上下させた。
居場所を理解して貰わないと、わしが困る。本当に冷華が燃えて居たとなると、真横で寝て居たわしも燃える事になる。
冷んやりとする風が、互いの身体の中を抜ける。冷華の記憶する灼熱が伝達したみたくわしの身体も熱かった。
「私の髪は…?」
「大丈夫、一寸ずれとるだけ、直したる。」
不自然に形作る前髪を、左右からしっかりと動かし、適当に整えてやった。
背中を流れ落ちる汗、床に落ちた侭のタオルで拭いた。完全に目覚めた、ベッドヘッドに背中を預け、煙草に火を点けた、冷華は無言でわしの腰に頭を乗せた。
指先に知る冷華の熱さ、天井を流動する煙、人の気配を全く教えないとても静かな時間だった。
「お前、神戸来る前、何処に居ったん。」
「んー?」
「訛り無いし、東京か?」
何故今更、十年以上一緒に居て初めて聞いたのか、今迄も何度か冷華が過去に魘される時はあったのに、何故今なのか、屹度寝呆けて居た。
「違う。もっと遠い場所。」
「東北?」
「ううん、日本より、もっと左側。」
もう、聞かなかった。
日本からの左側、何と無く判った。冷華が日本人離れした顔を持つのも、何と無く納得出来た。
抜ける様に白い肌、長い手足、小さな膝小僧。
「何で、神戸に来たん。」
「流れよ、引き上げの帝国軍と一緒に来たの。其れが神戸だったの。」
「嗚呼、船はこっちか九州に行くもんな。」
「先に九州に着いたんだけど、私、寝てて、…というか、下ろして貰えなかったの。」
「何で。」
少し動く頭、其の目は“察し為さいよ”と云う。
詰まり、こういう状況に似て居た。船の上での“パトロン”が関西の人間で、神戸迄離して貰えなかった。
「奇麗だった、本当に。」
「だから神戸が好き、か。ずっと一緒居ったら良かったやん。」
「そうね、でも其の人、優しさはあったけど。」
「金は無かったか。」
「判ってるじゃない。」
くすくすと冷華は笑い、腰から頭を離した。上を向く唇に煙草を当て、暫くすると細く煙が上った。
「もう一度寝ましょう。」
「せやな、未だ早い。もっかい寝よ。」
背中に知る冷華の体温は冷たく変わり、前に来た手を握った。指紋の無い指先に唇を付けると、少し見られた気がした。
掌の中で広がる冷華の手、丸みを帯び、冷たい華となる。




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