幸福な空間


子供を寝かし付け、寝室のドアーを開ける時が、一番の高まりを覚える。昔、未だ娘時代だった頃の記憶の会話を雪子は思い出す。
「子供を産んだら女は終わりだ」と隣の女が呟いていたのを思い出す。村一番の美人と謳われていた女から出た言葉は、深く雪子の頭に刻み込まれ、一種のトラウマになっていた。自分も何時かは、ああ思い、思われるのだろうと、恐怖心を抱いていた。
けれどそんなのは所詮、其の女や其れを扱う男の心持ちが悪いのだと、雪子は知った。
大きな机に肘を突き、本を読む。片手は頬に、片手では酒と氷の入るグラスを揺らす其の和臣の背中に、氷がグラスを鳴らす音に、雪子は云い様も無い愛しさを胸に宿らす。其の温かさはじんわりと胸を熱くさせ、身体を熱くさせるには充分だった。
雪子がドアーを静かに閉めるとグラスを揺らす手を止め、「寝たのか」と静かに聞くのだった。
其の瞬間が、人生の中で雪子は一番好きなのかも知れない。
今から夫が自分に施す行為を考える、其の刹那。
「ええ。」
雪子が静かに笑うと、背は動く。グラスを机に置き、閉じられる本。そうして、椅子から立ち上がる時、窓から月を覗く。一瞥食らい、其の視線は雪子に向かう。薄く笑う顔は、月の加減を教える。
「今日は。」
「今日は兎の餅搗きだ。可愛いぞ。」
机から離れ、入れ代わりに雪子は窓から月を覗いた。軍服に似た色した空に、黄色い月が浮かんでいた。丸くぽっかりと、居た。
満月だった。
和臣は残りの酒を流し、手に付いた水気を雪子の首筋に置いた。雪子は笑い、カーテンを引いた。其の手に和臣の手が重なる。両手を捕まれ、伸し掛かり、首筋に和臣の鼻が触った。痩せた雪子の身体には骨が浮き、机に押し付けられた骨は和臣の体重で痛みを生じさせた。けれど、嫌では無かった。
目に止まる本。見た事の無い物で、表紙には英語が走っている。
「貴方…新しく本を買うなら、棚を整理して…」
読み終わり、棚に整理するのは雪子の役目で、最近は棚が追い付かない程増えていた。
「んー…」
和臣は返事とも取れぬ曖昧な声を出し、右手で雪子の手を固定した。開いた左手は腰に回る。余り柔らかさを感じさせない雪子の身体だが、其処だけは柔らかい。
女の柔らかさでは無く、臓器の柔らかさ。其れが、気持ち良い。何度も其の柔らかさを楽しみ、和臣は腰から腕を離した。
「加納のだから、棚には増えない、と思う。」
呟き、離れた腕は肉の付かない股に伸びた。膝上からゆっくりと這う指はスカートを捲り上げ、内股を這う。
雪子は指の感触を感じ乍ら身体を熱くし、秘部の収縮を感じた。
「思うって…」
雪子は息を熱く漏らし、重なる手元に視線をやった。今更、カーテン等閉めなければ良かったと、カーテンの向こうに浮かぶ月を思う。
「気に入りは、手元に置きたい性分だから。俺は。」
そうだろう、と云う様に白く伸びた雪子の首筋に噛み付いた。広がる痛みに、又秘部が激しい収縮を繰り返す。其の収縮は上に這い、子宮をも連動させた。
「私は、本と同じかしら…」
「嗚呼。」
否定せぬ和臣の声は、鼓膜に絡み付く。脳に直接届いた様に、雪子の頭を埋め付くした。
「無いとつまらない人生だろうな。」
其れが無い世界等、考えただけでも辟易する。和臣は声無く笑い、指をゆっくりと濡れる秘部に置いた。




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