maid in Japan


ヘンリーは買物依存症か何かで、パソコンを開けば其の数日後には大量な荷物が届く。何度注意しても聞かず、役に立てば良いのだが、其の届いた代物は箱から出される事無く捨てられる。なので俺は、ヘンリーからパソコンを没収した。
しかし文明と云う物は俺を嘲笑うが如く進歩し、iPhone片手に代物が届いた。
今日の宅配もそうだろうと、宅配員を睨み付け、ドアーを閉めた。
「…………日本…?」
普段の包みとは少し違う包装に俺は首を傾げ、ヘンリーに投げて寄越した。
「投げないでよ…」
「井上から。」
玄関に積み上げられたデパートからのなら未だしも、井上から。ぞんざいに扱ってやった。大きな目ははち切れんばかりに開き、包装紙をひっ掴み破く。そして片手にはiPhone。
「嗚呼っ、ミスター?届きましたよっ」
包装紙から出て来た箱に目を輝かせ、大量のアダプターをパソコンに繋いだ。
「此のアダプターで、変換出来ますよね?ええ、…ええ、はい、判りました。」
有難うとヘンリーは電話を切り、iPhoneをベッドに投げ捨てると箱を開けた。空箱を床に落とし、分厚い説明書を捲ったが矢張り若干薄い説明書を捲った。
「キース、翻訳宜しく。」
日本語の説明書を俺を見る事無く渡し、薄い発泡スチロールで出来た保護袋から代物を取り出した。
「嗚呼、奇麗…」
「カメラなら、持ってるだろう…」
デジカメなら既に三台持って居ると云うのに、態々日本から取り寄せたヘンリーは、誠の馬鹿で買物依存症だと思う。
「デジカメじゃないよ、此れ。」
起動させたヘンリーはカメラを俺に向け、腹が立つので仏頂面を向けてやった。
「ビデオカメラ。」
「は…?」
間抜けに驚いた俺の行動はバッチリとカメラに納まり、再生したヘンリーは笑ってベッドに寝転がった。
「凄ーい…。奇麗…。眉間の皺が実物より凄い。」
「煩い…」
「キースの声って、ビデオで聞くと、信じられない位セクシーだね。」
丸で、肉声がそうで無いかの云い様。
誤解を招かない為にもはっきり云って於こう。
俺の声は、肉声でも、セクシーだ。
「抑…、何で日本から態々持って来た。日本製品なら、売ってるだろう。」
カメラから視線を向け、呆れた様に起き上がる。
「あのねキース。英吉利で買ったら、日本製は倍の値段するの。ミスターから送って貰ったら、優しいから、詰まり只なの。understand?」
「I see...」
「写真も撮れるんだよ。」
云ってヘンリーは天井を写した。
防犯カメラより小型でスマートで、更に写真迄撮れる。日本の電気製品は、信じられない位時代が違う。
携帯電話だってそうだ。日本人が、在れ程高性能な電話を持って居るのに、何故iPhoneを使うのか判らない。電話でゲームをして居るのを見た時は、もう、小型ゲーム機は要らないだろうとさえ思った。音楽だって、本だって、カスタマイズだって何でも出来るのに、何故だろうか。
ヘンリー曰く、日本人は流行り物が好きだから流行ってりゃ、自国の素晴らしさを無視して何でも持ってる。
「デコメールって、可愛いよな。」
「デコメール…?…嗚呼、在れね。うん。キース、本当可愛いのが好きだね。」
向くレンズの光に緊張する。
「今、其れ、どっちだ?」
「ビデオ。」
カメラをチェストに置いたヘンリーはベッドに座り、俺を横に座らせた。掌サイズの其れは、本当に小さく、丸で飯事をして居る気分だった。
「撮れてるかな?」
「赤いランプが点いてるから、大丈夫だろう。」
そう説明書に書いてあると、説明書を見せた。
「緑だと写真。」
「成程。」
I seeと云ったヘンリーはカメラを向いた侭固まり、俺は何がしたいのか聞いた。
「…ビデオレター。でも何云って良いか判んない。」
「有難う、で良いだろう。」
「有難うミスター。キースの人相が、凄いでしょう。」
「俺の人相は良い。井上、今後一切、此奴に物は与えないで欲しい。」
「何でだよっ」
「送って貰うなら、金を払え。」
最初の一分は二人の喧嘩で、相変わらずの二人に俺は笑った。
「嗚呼っ、ヘンリーとキースだっ」
学校から帰宅した琥珀がひょっこり顔を出し、画面に映る二人に手を振った。
「意味ねえだろう…」
「良いの。気持だから。」
大量の荷物と鞄を放り投げ、ソファの背凭れを跨ぎ、電話片手にテレビに視線を向ける。テレビを見るか電話を弄るか、何故一つに絞れないのか。
『でねミスター。御願いがあるんです。』
今度はどんな高額電気製品か、琥珀と予想し合ったが、キースの赤面と琥珀の「ひゃっはー」が重なる。電話を振り回し奇妙な笑い声を響かせる其の姿は、まさに魔女。
「キティちゃん、ねえ…」
ヘンリーからの要求は、もうじきキースの誕生日だから、世界で一番好きなキャラクター、キティちゃんの何かを送って欲しいだった。
『あ、ポン・デ・ライオンでも良いです。もっちもっちもっちもっち。がおーっがおーっ』
『ポン・デ・ライオン馬鹿にするなよっ。可愛いだろうがっ』
『でも、キティちゃんの方が好きだろう?』
其処で頷いたら駄目に思う、キース。
しかしヘンリーは、何でったってこんな中年にキティちゃんを買って来いと、素晴らしい羞恥プレヰを所望するのか。琥珀を連れて行けば、まあ何て優しい御父さん、で済むが、一人で買いに行く勇気はない。
最悪な事に、琥珀は明日から二週間修学旅行だ。修学旅行先で、御当地キティちゃんを買って其の侭送ってくれと、日本だったら云えた。けれど生憎、修学旅行先は和蘭。修学旅行から帰って来た時は過ぎて居る。
「何で今年から…」
去年迄は異国情緒溢れる長崎だった。何故琥珀達の年から行き成り海外に変更になるのか。
「和蘭に、キティちゃんって、売ってねえよな…」
「琥珀の涎が付いたやつは駄目かな?一杯あるよ。」
「相当なマニアなら喜ぶだろうよ…」
「ピチピチの女子中学生の涎だよ。」
「キースはゲイだろうが…」
男子中学生の涎なら喜ぶだろうが、屹度そんなキティちゃんなら、美少年大好きヘンリーが強奪するに違いない。
困った俺は、何時の間にか終わって居るテレビを消し、電話を手にした。




*prev|1/2|next#
T-ss