極道だって人間だよ!


甘やかすなと云っては居るが、在の夜叉に其れは通用しない。
昔からそうでした。
茜の家にはゲーム機が沢山あって、シアタールームでゲームしたっけ。在の部屋で世界一有名なゾンビゲームした時は、途中で逃げ出した。映画にも為りましたよ。
ほんまに怖いねんて。
馬鹿でかいテレビにゾンビやぞ。おまけに暗いし、音響ばっちしやしな。御前の家歩く方が余程怖いわ、と思うのだが、茜はホラーゲームが大嫌いだった。心臓に悪いと。何を、抜かせ。夜道で松山見る方が心臓に悪い。
其れをするのは決まって、謙太と光大。うっひょお、何ぞ発狂しぃの、アドレナリンバンバン出しぃの、笑いぃの。ほんまに襲われてるんじゃなかろうかと疑う。
ゲームに関してはわいと茜、意見が一致して居た。なので二人がゾンビを殺戮する狂人と化する部屋の横…茜の部屋で、其の映画を観覧。
シアタールームでゾンビ殺して、自室で映画見るて違うやないか…。
其のテレビでゲームはしないのかって?いやいや、在のシアタールームの巨大モニターで一度ゲームしたら、其れより小さなテレビでは出来んのですよ。松山も何か“興奮する”と云って一緒に遊んで居る。
暇か?極道。
いや、めっさええ事なんですけどね。有難い話なんですけど。其れでええのんか、とも思う。如何せ専用コントローラー出すなら、ゲーセンと同じガンタイプにしたらえのに、とも云う。あんた、さらっと怖い事云うた。松山が持ったらほんまもんにしか見えんや無いか。然し松山曰く“見えん”。…警察呼びましょか?
でも其れはプレヰステェショムでは無理では無いでしょうか。ウィイとは違うんやから。
映画を一本見終わった頃(帰れば良いのに帰らない乞食根性)、
「伊太利亜兄弟で遊ぶぅ。」
等と、わいが中々帰らん事に寂しさ覚えた恭子が、ゾンビ殺戮を強制終了させ、ヒィウゴーォ!伊太利亜兄弟とよぅ判らんモンスターを倒します。然し恭子は未だ未だ子供、仕方が良く判らず泣くのです。仕方無しわいが手助け、茜もする、すると恭子そっちのけで嵌まる。結局邪険にされる恭子は松山に泣き付き、茜の部屋で首がもげるパンのアニメを見ます。恭子は其の主役より、敵役の蠅(に見える)キャラクターが大好きです。
此の頃から悪い男が、好きなのです。
なあ…?松山…。
中学時代はそんなで、結婚してからはゲームはしなく為りました。
為ったのですが…。
「やぁくにぃ。」
昨日から二週間、七月一杯恭子が泊まりに来て居ます。学生の特権、サマァバケェショム。と云うのも、松山が東京に二週間、仕事で来て居るのです……何の仕事かは知らんが。
松山はホテルに泊まると云い張り(此れは其の…ね…?危険回避…)、恭子は暇なので携帯型ゲーム機で伊太利亜兄弟と遊んでます。恭子、そんなに伊太利亜兄弟好きか…。
ステージが進まないと歎くのでちょいと手伝ったら、まあ面白い。
欲しい。
此のゲーム機が、欲しい。
一寸待った、異議ありだ。
そんな財政で無い事に気付きました。
はて、実家にもそんな財力無い筈では…?だからわい達悪友三人は金持の茜の家でして居た。だったら此のゲーム機、一体何処から来たのか。
「恭子。」
「んー?」
ソファに寝転がり乍ら、我が家の愛猫白虎(虎じゃないけど)を足元に伊太利亜兄弟とオタノシミチュウの恭子に聞きました。
「其れ、どないしてん。」
まさか窃盗ではあるまいな…?
「松山が買ぅて呉れてん。」
松山、(未来の)嫁を甘やかすな。
安心致しましたが、だったら茜に買って呉れ、二台、と思いました。
「ふぅん。」
八時だと云うのに菓子をボリボリ貪る茜が低く呻き、電話を取りました。そうしましたら、わいにメッセージが届き、見ると松山と繋がりました。

――どないしました
――伊太利亜兄弟で遊びたい
――判りました

わい、召喚された理由あるんやろか。

――でってゆぅ、大好き
――はい。知ってます。大好きですよね、昔から
――キノコの方がかわえ
――うん

インターネット上で会話する夫婦って何や。

――伊太利亜弟のマンション。つか兄弟シリーズ全部
――裁判したい
――あー、教授とも謎解きしたい
――狐と宇宙行こや
――あたしピンク。恭子と一緒
――わい青な
――お揃いですね、八雲はん
――ほんなら黒
――(´・ω・`)(´・ω・)(´・ω)(´・|壁

泣かせて仕舞いそうでしたので、青で良いと云いました。
何時の間にか恭子が寝て居たので、其の侭寝室に運び……後は、判りますよね?ステージを大幅に進みました。スコアが足りていない所は二人で変わりばんこにしました。
然し如何遣っても無理なステージもありますので、其の日は仕方無し寝ました。恭子真ん中に、白虎を足元に、四人で伊太利亜兄弟の夢を見ました。
茜は何故か、弟の事を愛して止まない御化けに為って居ました。思うに在の御化け、女の生き霊では無いでしょうか。屹度茜みたいな女。
恭子は桃の姫で、矢張り攫われて居ました。松山と云うボスに。わいは助けはするのも途中で諦め、ペット何かよぅ判らんでってゆう(此れは白虎)と遊んで居ました。
翌日わい達は、変わりばんこにステージ進め、ゲームの癖に腹立つ、全然進まん場所があるのです。明らかに恭子の腕では無理、わいは苛立ちで放り出し、茜が頑張って居ました。其処に、紙袋ぶら下げた松山が来ました。
「頼まれたもん、全部買ぅて来ましたよって…。重い…」
懐は全く痛くないらしいのですが、手が痛い。赤い掌を見て居る松山に恭子が、ゴリラ譲りの体当たりを噛ましたのです。
「痛…」
「松山ぁ」
「嗚呼、はい、恭子嬢、何ですの。」
松山の苦労を気にもせず、紙袋から茜が目当てのゲーム機を取り出します。わいは苛立って居ますので、今は触れたくありません。
「出来んっ、進まんっ」
「嗚呼はい、何処ですか。」
スーツのジャケットも脱がず、引かれる侭松山はソファに座り、暇なわいが珈琲を渡しました。此の極道、一寸可愛い事に砂糖が沢山入る珈琲が好きなのです。
恭子は一時も松山から離れず、真横にくっ付く姿は白虎に似て居ます。大きな手の中にはゲーム機、其の鋭い目、目だけを見るととても伊太利亜兄弟と遊んで居るとは思えません。マフィアを彷彿とさせます。
「はい。出来ましたよ。」
「凄いっ、すっごいっ」
恭子にゲーム機を返し、漸くジャケットを脱ぐ事が出来た松山。
一寸待て、居座る気ぃか。夕飯招んでませんけど。
「御嬢、其れで全部、良かったですか?」
「うん。」
「……八雲さん。」
「あ、嗚呼。大きに。高かったやろ。」
一言も礼を云わずゲームに没頭する茜、休む暇無く恭子から纏わり付かれ、疲れを見せる松山を労いました。
「大丈夫です。会長が全部出しはったから。御嬢、後で電話したって下さいね。」
「へい、ほー。」
昨晩在の後、松山は夜叉に連絡入れ、すると松山の口座に二十万円が振り込まれたと云う。

――なんぼすんねん。
――そう、ですね。ソフトは中古でええとして、本体は四万有れば行けます。
――ソフト一つなんぼや。
――多く見て、五千ちゃいます?
――なんぼ要んねや。
――さあ。仰山です。

たった其れだけで二十万振り込む夜叉も夜叉。二十万円とは、わいの給料一ヶ月分に相当します。
甘ったるい珈琲を平然と飲む松山を眺め、由岐城の財力に嫉妬しました。
犯罪犯すだけで、大金が手に入るとは。何とぼろい商売でしょうか。
「松山はん。」
「はい?」
「松山はんて、月、なんぼ貰てはんの?」
細い眉を(此れは生まれ付き)を一方上げ、「決まってない」と云います。
「え?決まってへんの?」
「月なんぼ、とかは無いですよ。金で雇ってる訳ちゃいますから。」
「ほんなら何で皆、極道してんの?」
大金が貰えるからでは無いのか。まさか本当に、唯々暴力に明け暮れたいからか。
「知りませんよ。何で極道に成るのかなんて。べっこ興味無いし。」
「松山はんは、何で?」
「親父も極道やったんですよ。由岐城の。ほんで死んで、一人ん為った時、会長が、面倒見たるて。学費も全部、出して貰ろたんですよ。」
嗚呼だから松山、茜の奴隷に等に為ってらっしゃるのですね。
「ほんなら何?え?極道て、金無いの?」
「いやいやいや。金しか無いですわ。」
何?羨ましい。人生、一度で良いので、そんな台詞を吐いてみたいです。
わい、暇しか無いです。
「給料は無いの?」
「無いですよ。組に渡した残りが俺の給料みたいなもんですわ。百万稼いだら、半分組に渡して、二十五万俺が貰ろて、残りは下。」
如何せ其の百万も、月に何回も、でしょう?
「唯。」
「唯…?」
「会長の気紛れで小遣い貰てます。五十万位。」
其れで買ったら良かったのでは無いでしょうか。流石は伊太利亜スーツを召されてらっしゃる松山、貰えるもんは貰うのです。
「まぁつぅやぁまぁ。」
「はい恭子嬢、何です?何処が出来んです?」
松山の横でゲームして居た恭子は、わいとばかり話す事に臍を曲げ、タイを引く。
「ちゃうぅ。」
「ジュースですか?」
「やくにぃばっかぁ。ずっこいねん。」
「嗚呼はい。八雲はん、相手したって下さい。」
「ちゃうしなぁ。」
ゴンゴンと松山の腕に頭を打ち付け、白虎みたいであります。
ちゃう云われた兄ちゃん、寂しいです。
ゲーム機をソファに置き、松山の膝に乗った恭子は、ぐりぐりと肩に額を擦り付けます。支える姿は、まるで猿の親子の様。
「ほんで、何の話してましたっけ。」
「小遣いの話。」
「嗚呼、せや。せや。そう、ですからね。決まった給料っちゅう…」
「まぁつぅやぁまぁ。」
「はぁい…」
小さな恭子の手。松山の手には余る。両手握り、足を上下さす動きが嬉しいのか、恭子は笑う。
一見微笑ましい光景だが、恭子が後十年…五年でも良い、其の歳で同じ事をしたら、“そう云う場面”にしか見えんのです。
いえ、判りますよ。松山も恭子も、そんな思いでそんな体勢してる訳では無いと。然し見えて仕舞うのです、下半身に脳味噌が付いて居る下等生物は。
「恭子嬢。」
「何やぁ?」
「帰ってもええですか?」
「あかん。」
「恭子。我が儘ゆうたらあかん。松山はん忙しねん。」
「ほんなら。」
よいしょ、と松山は恭子抱え立ち上がり、ゲームに夢中の茜を見ました。
「明日一日暇何で、明後日の昼前に連れて来ますわ。」
「八雲に聞いてな。あたしの妹ちゃうし。」
「あ、そうでしたな。」
松山、懐かれ過ぎた所為で、然も懐くのは茜の妹だから…とすっかり間違えて居ました。が、正真正銘恭子はわいの妹、斎藤恭子です。
恭子が由岐城家系で無いのは、顔を見れば判るでしょうに。妖怪三姉妹の事は全く頭に無い様見受けられます。
「宜し?八雲はん。」
「わいはええけど。」
「ほんなら其れで。な、恭子嬢。夜は美味しいもん仰山食べましょ。」
「やったあっ」
ぎゅう、と首に抱き着く恭子を、我が子の様な目で見る松山。
少し、安心致しました。
ほんまもんの変態かと疑って居ましたので。恭子を見る其の目は普通に、茜を見る目と同じです。
性の知識無い十歳の子供に、そんな目を向けられても困りますので。
「鼠の王国行きましょ。」
「あ、嘘。あたしも行きたいしなっ」
「ほんなら、御嬢も一緒行きましょか。」
「よし来た。」
「やくにぃも一緒行こやぁ。」
恭子の小さい手が、わいの眼鏡を取ります。そうして自分に掛けると「松山と一緒」と破顔しました。
嗚呼成程、恭子が松山に懐いたのは、故郷で一際目立つ眉目では無く、其れもあるのでしょうが、わいに顔の作りが似て居るからと気付きました。顔はいえ、全然似て居ないのですが。作りが良く似て居ました。
切れ長の目と細い顎と眼鏡、位しか似て居ませんが。わいはそんな、マフィアみたいな目付き何かしてません。
「兄ちゃんはええ…」
何が悲しくて、唯でさえ人が多いあんな場所に、夏休みに行かなければ為りません。
「國枝先生に呼ばれてんねん。」
嘘ですが。行きたくなければ、師の名ですら平気に使います、申し訳無い。
「兄ちゃんの分迄、楽しんで来てな、恭子。」
ふっくらと丸い顎下を擽って遣りました。恭子は身を捩って頷き、松山の薄い唇が頭に触れました。
おいこら、恋人同士みたいやないかい。
「御土産、仰山買ぅて来たるよ。」
「恭子そんな御金持ってんのぉ?」
「う…」
五千円はあるよ、と云うのですから、可愛いではありませんか。
「よし、約束な。」
「うんっ」
松山から恭子を受け取り、松山は恭子の荷物…ゲーム機と着替えを少し持って、玄関迄行きました。
「松山、タクシー呼ぼか?」
「ええですよ。通り出れば掴まりますよって。」
「恭子、ええ子しときや。」
「してるしぃ。」
「ほんなら御嬢、十時位に迎え来ますわ。」
「ほーい、待ってるぅ。」
通り迄の道、手を繋ぎ歩く二人の後ろ姿に、遠い過去を思い出したのです。




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