極道だって人間だよ!


果たして十時前、松山は迎えに着ました。其の施設に隣接するホテルに一泊し、明日の昼頃、茜と恭子を纏めて連れて帰ると云いました。
ですからね?由岐城はん。序でに松山。
甘やかすなぁ、ゆうてん。
寧ろ、よぉ取れたな。
そんな話ならわいも行きたかったのは事実。
然し茜は、ホテルだと落ち着かないから一人で帰る、と云いました。まあ、建前でしょう。本音は、一晩わいを放置すると、何仕出かすか判らん、でしょう。
何も仕出かさんので、泊まって…いや、永久に帰って来んでも……。
そんな恐ろしい事は口が裂けても云えませんので、引き攣り笑いで送り出しました。
さあ、此処からがわいの天下です。白虎と思う存分、ごろごろうるうる過ごしました。茜が居ると、茜の傍にばかり居ますので。決して、決して嫌われて居る訳ではありませんよ。食事を出すのが、茜なだけです。ええ…、其れだけです…、其れだけ…。
気付けば夕方。
何を暇なわいは。本当に一日白虎と過ごす気か。
松山が折角買って来たので、ゲームをしました。
「うわっ、凄っ。迫力凄…っ」
中学時代、全く同じ物を在のシアタールームでしました。在の時も、画面がでかい為迫力は凄く、本当に宇宙に居る気分でしたが、流石は3D。画面は小さいですが、迫力が違います。
青春時代の思い出とばかりに没頭し、暗く為ったのにも関わらず、電気を点けませんでした。
其れ所ちゃうねん。
正確な時間は判りませんが夜なのは判ります。行き成り電話が鳴ったのです、然も茜の着信音が。
「何やねん。」
「今何処居てんの。」
咎める様な口調に「はあ?」と身体を起こし、其処で今、世間が夜な事に気付きました。電気を点け、冷え切った珈琲を飲んだ時、電話は切れました。
「は?」
一体何だったのだ、今の詰問は。妻は良く判りません。
用があるなら又掛けて来るだろうとゲーム機を持った時、般若面の茜がリビング入口に突っ立て居ました。
恐ろしい。誠恐ろしい女です。
「吃驚したやないかっ」
「居てんのなら、電気点け為さいよっ」
「点いてるがなっ、盲目かっ」
茜が云いたい事は判りましたので無視を決め、ゲームに集中しました。
「嫁が帰って来たのにゲームすなっ」
「自分かてゲームしとるやないかい。もう煩いな。風呂入って寝ろや。」
「未だ九時やしなっ」
「子供は寝る時間ですよぉ?」
「恭子かっ」
どすどす関取みたく歩く茜を一瞥し、ゲームを終うとソファから頭と足を落としました。…判り難いので解説しますと、横に為りました。其れでわいの足と頭がソファから落ちた、と。
シャワーの音と呼び出し音が重なる。
眼鏡外し、片方の手で前髪を上げ、煙草を持ちました。
「あ、松山はん?」
「嗚呼、八雲はん。」
きん…とジッポーの金属の音、何故かしらん、わいはオイルの臭いが豪く好きです。茜に云わせたら「ガソリンと変わらん」=不愉快、ですが。
「御疲れさん。」
「いいえ。」
「茜帰って来ました。」
「連絡大きに。」
「………。」
「………。」
何か話せや。
煙草の匂いに重なる石鹸の匂い。無駄に高い石鹸使いおって己は。一つ三千円もしますよ。
柘榴の匂いが、わいの思考をあやふやにする。
「……用件は?」
「無いですけど。」
「用も無いのに掛けて来はったん、八雲はん。」
「悪い?」
「いいえ?」
くすくすくすくすと、妙に高い松山の笑い声が聞こえます。
「なあ、松山はん。」
「へ。」
「恭子と、ほんま結婚すんの?」
此の無言は、当然な気がします。
茜は長っ風呂なので、後二十分は松山と話せるでしょう。一度、はっきりと聞きたかったのです。
「さあ。」
こう云われたからと云って、わいは別怒りません。当然な返事な気がするのです。
だって、誰が信じますか。三十近い男と十歳の子供が婚約して居る等。結婚する時松山は四十ですよ、そんなの恭子が可哀相ではありませんか。戦前日本の金持事情じゃあるまいに。
判りますよ、松山に一切そんな気が無い事位。
恭子です、恭子が勝手にそう思って居るだけです。わいが茜と結婚した為、何だか一人に為った気分で、だからと云って茜に兄弟が居る訳でも無く。松山に懐く恭子を見た夜叉が冗談で「恭子ちゃん、松山と結婚したらええなあ。したら八雲とずっと一緒やで」と云ったのです。そうしたら、松山と結婚すればずっとわいと一緒に居られる、と恭子が錯覚して仕舞ったのです。

――ほんま?オジチャン。
――ほんまほんま。
――うん、ほんなら松山と結婚する。
――あっはっは。良かったな松山、嫁、出来るで。
――はあ…
――恭子ちゃん、松山好きか?
――うん、好き。だぁい好き。やくにぃの次に好き。

そんな流れだったと、松山から聞きます。今甘やかして居るのは、茜と同じ事です。恋愛感情なんて、何処にも存在しないのです、当たり前です。
懐かれて居るから世話をする。唯、其れだけなのです。
松山の女関係は、決して奇麗とは云えません、極道さんですからね。素人に手は出しませんが、彼方此方に情婦さんがいらっしゃる。東京にも一人、おりますよ。
極道の男に関わるのは、生半可な気持では無理なのです。況して十歳の子供の戯言等、本気に何かしません。
わいも松山も、周りの大人は判って居るのですが、恭子が真実を知った時、酷く傷付けて仕舞うのでは無いかと、其れが怖いのです。
極道は情の世界だと良く申しますが、其の情こそが、一番厄介な物なのです。
「何年。」
松山の声に煙草を消しました。
「何年先に為るかは知りません。恭子嬢が好きな男見付けて、結婚する迄、俺は付き合いますよ。」
「松山はんの本業って、子守ちゃう?」
「かも知れません。」
「恭子が嫌やぁ、ゆうたら?」
「其れは…」
オイルと柘榴の匂いが重なる。
「薦めませんけど。極道の男に何かに惚れたら、ほんま、地獄見ますよ。女を人間と思わん、金の道具でしか見ぃひん男を、何で愛せますか?そう為る前に、誰か見付けて欲しいです。せやから俺、恭子嬢の傍に居てんです。」
「ん?」
「悪い虫が付かん様に。大学迄、きっちり出しますよぉ。そしたら、ええ男、見付かります。極道何かで無い、ほんまにええ男がね。」
「大学て…。うちの家の何処にそんな金あんの…」
「…此れ、八雲はんには云うなて会長から云われてんですけど、まあええか。」
「ええよ、ゆうたら。」
「恭子嬢が大学出る迄の資金、俺が出す事に為ってんですよ。」
とんでも無い事を聞いて仕舞った。何故赤の他人の松山にそんな無駄金を使わせる。大学行きたいなら自分で稼いで行けば良いのに。寧ろわいが出す可きでは無いのか。だって正真正銘の妹ですからね。
「松、松山はん…?」
「俺、色んな女見て来ました。我乍ら、二十歳其処いらの女によぅこんな非道な事出来るなて思いますよ。」
「何の話ぃ…」
「金の話ですよ。大学行くゆうても、結局は都市部に出ますやん?金、要るんですよ。軽い気持でそっち行ったら、抜け出せませんよ、絶対。」
「そっちって、どっちぃ…」
「学費も要る、友達にも合わせないかん、金が要る…。キャバとかなら未だ、未だ望みありますけどね…」
もう止めて呉れ。在の妹の暗い未来等想像したくない。
「ヘルス…。あらあかん…。死にますよ、人間。」
「止めてんかぁ…」
「其れで持ち直した女、見た事無いわ。キャバとかアロマ嬢なら未だ、うん、未だ大丈夫な範囲ですよ。こっちの業界なら。俺等も相手にしませんもん。」
「何で…?」
「金に為らんからですよ。」
金金金…。さっきから金の話にしか為ってないやないか。
わいはそんな裏社会の話を聞きたいのではありません、何故松山が恭子の大学迄の資金を出すのかを、知りたいのです。
「学費要るからキャバで働きますよね?したらな?少し其処で金銭感覚が狂うんですわ。其れでもまあ、会社入って持ち直したら大丈夫です。けど。」
「けど?」
「其の金銭感覚持ったまんまやったら、会社の給料が阿呆らしくて、戻って来て、でも其の時にはもう、年行ってるから客付かんで、でもクラブ行くには実績無い。…ヘルス行きますわな…」
おぅ…。何と恐ろしい世界でしょう。
「然もヘルス行っても若い子ばっか。十代とか。其れで借金何か拵えてみぃ。ヘルス借金道とか、最悪やぞ。」
「如何為るんでしょう…」
「……俺等、出て来ますよ。使いもんに為らんく為る迄、金絞り取ります。此れ、ほんま酷い話何で云いませんけど。」
ジーザス。なんて世の中ですか。未だ雑巾の一生の方が倖せな気がします。
「え…、一寸聞きたい。」
「止めた方がええですよ。そんな事して作った金で御嬢育ってんですから。八雲はんなら、ほんま軽蔑しますよ。此れ以上、御嬢嫌わんで下さい…。八雲はんが考える以上に極道て汚いんですよ。」
茜に対する嫌悪軽蔑は今に始まった事ではありませんが。松山が其処迄云うなら聞きません。茜ですら、父親が何をして自分を育てて来たのか等、知らないのですから。
「ほんで松山は、今から恭子手懐けて、其の道に落とす、と。其の解釈でええの?」
「八雲はん、俺の話、聞いてます?如何考えても、そう為らん様動いてますやん。阿呆ちゃんですね。」
「もっと簡単に云ってんか。」
「俺が学費と家賃出したら、恭子嬢はバイトで普通に過ごせますやん。ほんで就職して…結婚して呉れたら、ええなあ。」
「其れ迄、子守すんの。」
「そうですよ。」
「他人をよぅ其処迄…」
鼻で笑われた。
「確かに、俺と恭子嬢は他人ですよ。俺と御嬢やて。俺と会長やて全くの他人ですやん。せやけど、会長は俺の面倒見て呉れた。返しに俺は、御嬢守って来た。其の御嬢が、八雲はんと結婚した…。何かね、思われへんのですよ、他人て。然も恭子嬢、ちっこい時から出入りしてますやん?会長もね、好きで堪らんのですよ、恭子嬢が。昔の茜みたいやて。其れにな。」
嗚呼本当に、松山は極道の人間なのだなと、感じました。
極道は酷いですが、許される事はして居ませんが、何食わぬ顔で生きて居るわい達より、ずっとずっと、人間らしいのです。
隣に誰が住んで居るかも知らない昨今で、失せた情を、見たのです。
「最初は会長が出すゆうたんですよ、此れは親族やから。そしたら斎藤はんが、其れは悪いて。けど、…先に話したでしょう?そう為ったらどないすんねん、元には戻らへんぞ、ええんか、其れでええんか、娘そんなん為って自分等笑ろてられんのか、自分等が考えてる程裏の世界て甘ないぞ、て会長が凄んだら頷かはった。ほんで、わしから出して貰うのが嫌やったら松山、出せや。…そんな話に為りました…」
「すんまへん…、恭子が懐いたばっかりに…」
恭子さえ、嗚呼恭子さえ松山に懐かなかったら。いいえ、わいに、恭子一人大学に行かす財力があったら…そう思って止みません。
「金稼ぐ楽しみあってええかな、て今は思ってます。」
「ほんますんまへん…、御返し出来るかは知りませんが、御返しします…」
「あっはっは、要らんて。そんかし、恭子嬢の花嫁姿見せてやあ。」
「貰ろて呉れます…?松山はん…」
「いやぁ…俺は…」
「駄目ですか?恭子は駄目ですか?妖怪の血ぃ引いてるからあかんか?」
松山は、極道の男より普通の男と暮らした方が倖せだと云います。茜を見て居て、松山は一層思うのです。
極道が碌でも無い人間なのは判りますが、ひょっとしたら恭子は、松山となら倖せに為れるのでは無いか、そう思ったのです。松山だからこそ、在の夜叉も、そんな冗談を云ったのかも知れません。
「背中に龍の墨入ってる人間何か、止め為さいて…」
「何をぅ…、わいの嫁は、朱雀やど…」
「御嬢…っ、何つぅもんを…」
「恭子、懐いてるし…、な…?」
無言。
黙るなや、己が黙ると怖いねん。
「八雲はん。」
「何…?妖怪面が嫌なら整形させますから。」
「あんな…。あの…」
「うんっ?整形さす金あるなら学費出せて?喧しいわ。そんな金無いわっ。妖怪に比べたら可愛いわっ」
「あの、極道てね…。其の道に入ったら最後、世間の倖せを捨ててるんですよ。抗争起きたら危険やし、何時死ぬか判らんし。そんな辛い思い、女に…況して惚れた女には、出来ん訳ですよ…」
一寸、待て。
松山さんよ、今、何と仰いましたか。
「ま…松…、松…松や…何……?」
「幾ら会長の頼みやぁゆぅても、他人の学費何か、出すか…。将来…心配するか…。そんなん勝手に、落ちたらええねん…」
顔を真っ赤にする松山が、想像出来ます。
「え、一寸、待って?何…?」
「もう云わすなっ、変態やないかっ、俺っ」
「一寸、待って…、何…?何時から…?」
「違…っ、ちゃう…あの…。未だ手ぇ出してないからなっ」
「当たり前やっ、十歳やぞっ、出してたら警察突き出すからなっ」
「もうええねんっ、変態ですんまへんなあっ。十歳でもわし等には金に為んねやっ、その…ほんまもんの変態になっ、高ぉ売れんねんっ、一桁の子供やったら四桁やど、四桁っ。信じられるかっ。何で二千万も出せんねんっ、わしに呉れや、ほんま。」
「知るかっ」
「因みに中学生の処女やったら五百万で売れますよ。まあ其の後、酷い事されますけどね。えげつないサディスト相手やったら、骨折とかそんなオプションで百万出しますからね。其れで指無く為った女の子、居ますよ。」
「要らんわ、そんな情報。」
「恭子嬢やったら、そやな、性格可愛いし、人懐っこいから、マンション位買えるんちゃうかな。いやほんま。」
「己、ほんま殺すぞ。」
「あ、一寸びびりはった?ね?極道てえげつないやろ?せやから、止めたげてな?」
「うん、よぉ判った。極道がえげつないんも、松山が変態なんも。」
「せやからな、恭子嬢を倖せにするんは、俺ちゃうよ。」
倖せは、此の道を歩くと決めた時に捨てた。
そうして迄極道に居る意味て、何処にあるの…?

貧乏でもええの、八雲の傍におれたら。あたし、其れだけで、倖せなんや。

塩気を知りました。
今迄散々金に困った事無く生きて来た女が、何も態々こんな貧乏人と暮らさなくとも、と思って居ました。金が無い事の辛さより、好きな奴と一緒に居る事の出来無い辛さを、茜はずっと、見て来たのです。
「松山はん…」
「はい?」
「茜は、倖せ何かなあ…?」
「目ぇ覚めた時、一番最初に映る其れが、其の人の、倖せです。因みに俺は、携帯見ます。明日は、本物見れそうです。……御休み為さい。」
煙草の匂いが薄れる程の柘榴の匂い。見ると茜が、缶ビール片手に唖然とわいを見て居ました。
「一寸、何で泣いてんの?御腹痛いの?」
強いて云うなら、胸が痛いです。
「茜。」
「一寸、一寸何…?零れるしな…」
鼻の奥に広がる柘榴の匂いは涙腺を刺激します。バスローブの柔らかさが、茜の身体の硬さを軟化させます。
「ゲームしてたら、充電切れた…」
「其れだけで泣きなっ、人騒がせなっ」
実際見たら、充電が切れて居ました。黒い画面が、わいを見て居ます。




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