亡命カタルシス U


最初にセックスをしたのは、二人が十代の頃。其の頃からビリーはコカインをして居た、とんでも馬鹿だった。二人は三歳違いで、ジーンは十五か六。でも男は知って居たらしい。まあ此のゴリラが処女を相手にするとは思えないが。
ビリーは一度だけの積もりだった。別に、ジーンだからした、と云う訳でも無かったから、其れにコカインで思考も完全に飛んで居た。実際翌日、妹とセックスした、と云う罪悪感は持ち合わせ無かった。多分したんだろうな、とジーンを見て思ったらしい。
此れで終われば話は簡単だが、ビリーは少し、いやかなり、ジーンに恐怖を抱いて居る。
「逃げらんねぇの、ジーンから。」
何処に行くにもジーンは付いて来た。
「俺、縛られて生きるの、大嫌いな訳。だから結婚もしねぇし、仕事もしない。」
「でもジーンは、御前を縛り付ける。」
「そう。無意識にね。」
ビリーはとんでも無い放浪癖があるらしく、理由は、ジーンから逃げたいから。なのにジーンは必ず付いて来る。妹と云う理由で。
茸の作用時間は結構長い。マリファナを吸わなくて良くなったビリーは煙草を咥えた侭、後頭部に両手を遣った。
「極端な、極端な話、本気じゃねぇぞ。此の侭ジーンを殺したら、楽に為れるんじゃねぇかって。」
此れ見よがしに男と遊ぶ、兄としてビリーは、そんな妹を嫌って居た。
ビリーは矢張り馬鹿だった。死ぬのはビリー、御前だ。縛られるのは嫌、でもセックスはする。此れならジーンに「ええ如何ぞ、縛って下さい」と云って居るのと同じだ。
「殺して、ジーンの愛から解放される、本気でそう思ってるのか?」
日付はとっくに変わっていた。
時間がちらつく俺は時計を外し、ジャケットの内に入れた。面倒臭い、大体俺は何で、こんな汚い場所できっちり釦を留めた侭タイをして、ジャケットを着てるんだ。
此処は傲慢な英吉利じゃない、自由の国、亜米利加だ。
だろう、汚れた星達よ。
だけど俺は、育ちが良い。脱いだジャケットを、癖でハンガーに掛け様とハンガーを探した。無いのに気付き、椅子に掛け、外したタイは丸めて時計と一緒にジャケットの中。袖を捲り、嗚呼面倒臭い、スラックスからシャツを出して遣った。
こんな姿、ヘンリーが見たら卒倒する。バッカスは怒りで血圧が上がるかも知れない。最悪憤死。いや、最高か?
でも忘れて貰っては困る。
俺だって元は、下流も下流の人間。好きで上品に為った訳じゃ無いんだ。
不本意に、ビリーがジーンから愛される様に。
椅子に座るのも、こんなプラスチックで弾力性も無い椅子に座る等、俺の尻は許さない。同じ固い場所なら、床の方がマシだった。
はっきり云おう。
俺は、ヘンリーより、下品だ。
間違っても酔って居る訳では無い。阿保らしく感じたのだ。
「何で行き成り、態度悪く為る訳?」
ジャケットを脱いだ瞬間から下劣に豹変した俺にビリーは驚き、腹が立ったから靴を片方投げ付け、又履いた。唯ビリーは、茸にイカレてる、気付いて居なかったので意味は無かった。
「此れが俺、素の俺何だよ。」
「猫被ってた訳…?」
「世界で一番嫌いな事、其れは掃除だ。」
部屋何か汚くったて人間は生きて行けるんだ、ヘンリーは其れを知らないらしい。全く可哀相な奴だ。
見てみろ、自由であるが為、妹とセックスする様な汚いビリーでも生きてるだろう。
部屋も人間性も汚くても、不便は無いんだ。
唯、自由には責任が伴う。かなり重たい、鉛の鎖だ。
無責任に自由を求めてはいけない。責任から解放されたいのなら、規則を守らなければ為らない。規則をきちんと守れば、責任何か背負わなくて良い。
ビリーは自由に為った結果、最もされたく無いジーンの愛に拘束された。此れが、責任だ。
ジーンの愛から、殺したい程解放されたいのなら、此れは則るべきである。
「ジーンを殺して、あるのは解放じゃない、ジューダス。」
「何がある?ジーザス。」
「足に繋がる鎖は重く為り、首に絡まる縄は一層締まる。ジーンの愛に、殺される。」
永劫呪縛されるだろう………。
一度立ち上がり、完全に氷が溶けた酒を飲んだ。不味い酒が一層不味い。
「ジーンを愛する事、其れが、自由に為る道、責任だ。」
何処に放浪し様が、足から伸びる鎖は切れず、縄は引かれる。責任は一生付き纏う。
「外したいのなら、愛して遣れ。」
縄が絡み付く首を二回叩いた。
成程、此の太い首には恐ろしく太い縄が必要だろう。ジーンも中々に力のある女だ。
「檻に入ってるゴリラは、きちんと食事が出て、部屋を掃除して貰えるだろう?」
茸と、元から大した知能の無いビリーには少々難しいだろうと、例を出して遣った。実際ビリー、聞き乍らぽかんとして居た。
「何でゴリラ…?」
「犬でも良いけど。ゴリラの方が判り易いだろうと…親類だから。」
「誰がゴリラだよ。」
「俺がゴリラに見えるのか?まさか…。…幻覚だろう…?」
こんな男前捕まえ、何処がゴリラだ。陛下から“世界一男前”の称号を貰ったんだ、周りは納得して無いが。
「まあ、まあ聞け、ゴリラ。」
「ビリーだって。」
「大して変わらん。」
「全然違うから。俺、人間。ホモサピエンスです。」
「奇遇だな、俺もホモサピエンス何だ。てっきり御宅はゴリラかと。」
「知ってる?ゴリラってね、ホモサピエンスの雌レイプするんだぜ。」
「…………知ってる。さっき聞いた…」
「…いや、俺の事云った訳じゃねぇよ?ゴリラ、本物のゴリラ。俺じゃないゴリラ。」
「父親の話、してるのか…?御愁傷様…」
余談だが、ゴリラの学名は“ゴリラ ゴリラ”である。意味が判らん、霊長目ヒト科ゴリラ属ゴリラとは。
全く話が脱線して仕舞ったが、ゴリラ ゴリラとホモサピエンスが会話をするとこう為る事は知った。
「詰まり、だ。俺、何が云いたかったんだ。」
「自由と責任。」
「そうだ、ゴリラ。賢いじゃないか。チンパンジーに格上げして遣ろう。」
「ホモサピエンスに進化しますかね…?」
「大丈夫だ、チンパンジーはホモサピエンスの次に知能がある。チンパンジーとホモサピエンス、知能遺伝子が一つしか違わないんだ。後は全部一緒。」
そうバッカスが云って居た。チンパンジーの方が余程賢い、と皮肉でな。
此のゴリラをホモサピエンスにするべく、俺は酒を飲んだ。ゴリラも飲んだ。ジンを。
「檻は、規則だ。檻に入ってるゴリラは?」
「不自由。」
「そうだ。けど、全てが保証される。病気をすれば、手厚い保護がある。寝てれば、豪快な食事と奇麗な部屋が提供される。」
云い乍ら、自分の人生を見た。
「一方で、檻から出た、自由なゴリラは如何だ。怪我をすれば?其の侭だ。食料が見付から無かったら?空腹だ。でも自由に生きて良いんだ。其れこそ、ホモサピエンスの雌だろうが雄だろうがレイプしたって構わない。」
矢張りゴリラには、少し難し過ぎただろうか。ビリーの表情は険しい。
「俺の云ってる意味…判るか?」
「全然。」
駄目だ、此のゴリラは。
「気持良い事して生きてりゃ良いだろう。ジーン、関係無いだろうが。」
理解出来無いからと云っても、怒る事は無いだろう。「其れには責任が要るだろうが。御前は其の責任を、放棄してるんだぞ。だからジーンに縛られてるんだろう。」
「ジーンが規則って事?俺不自由じゃんっ。やっぱりっ」
「だから…」
再三其れを云って居た筈なのだが、ビリーは如何やら、リアルゴリラの様だ。親の顔が見たい。まさか本当に雄ゴリラではあるまい。
「俺は自由に為りてぇの、ジーンの檻から出てぇの。ジーンを愛するって、真逆だろうがっ」
「真逆の場所は、保護だ。ジーンが御前を愛さなく為る事だ。良いか、そもそも何でジーンは御前を愛した。発端を思い出せ。御前が自由に託けて、無責任にジーンを抱いたからだろう。だからジーンは御前を愛した。此れが責任だ、自由の代償だ。御前に愛が無い事を知ってる、だからジーンは、檻に入れて、御前を不自由にするんだ。そうすれば、御前は一生、ジーンの傍に居るだろう…?」
自由の代償、責任。ビリーには全く欠けた代物だ。
「御前が行く場所行く場所に付いて行くのは、不安だからだよ。御前が居なく為るんじゃ無いかって、不安何だよ。御前が一寸でも、ジーンを愛してるって、見せなきゃ。そしたら、鎖を外して、檻から出して呉れるさ…」
此処迄云っても判らないのなら、人間を辞めて仕舞え。そして本物のゴリラに成り下がれ。
期待は余り持たず、横目でビリーを見た。
「ジーザス…」
一寸待て、此のゴリラ、本当に自由過ぎるだろう。
「何で寝てるんだよ、何時から寝てたっ」
「寝てた…?嗚呼、御免…。茸食べると、眠く為るんだよ、檻…」
何だっけ、と半分寝た状態で聞かれたが、もう知らん。精々ゴリラで居て下さい。是非とも此方には来ないで頂きたい。
こんな阿保に、不味い酒とマリファナで五時間も付き合った俺、勲章物だろう。
一気に自分が哀れに思え、トイレで顔を洗った。鏡に映った自分にぞっとした。悲鳴が少し漏れた。何だ此のだらし無い顔は、こんな顔、毎朝見る俺の顔では無い。
自由だ、全て自由にした結果だ。
寝て居るゴリラの椅子を蹴ったがびくともせず、袖をきちんと下ろし、シャツを直し、タイを締めてジャケットを着た。
「じゃあな、ミスター ジューダス。」
月の位置で大体の時間は判った。一応確認の為時計を見ると、ビンゴ、午前二時だった。在のパンク共はもう居ない。
大通りに出る其の時、随分の大柄な女と擦れ違った。彼女は迷う事無く一本道を外れ、通りに靴音を響かせる。
「ビリーっ、あんた馬鹿ねっ」
聞こえた声、グラスの割れる音、引き摺り出されたビリーのブーツに装飾される鎖の音、重なるヒールの音―――あらゆる自由な音。
大通りを歩けば、忘れられた。
だって俺は、信号機みたく規制正しい男。



ジーン、即刻此のゴリラは射殺した方が良い。其れが出来無いのなら、我が軍で引き取らせて頂く。




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