亡命カタルシス


此奴に会ったのは、島流し(仕事だが俺はこう呼ぶ)を受けた先の英吉利でだった。此の頃は未だフェミニズム何て時代では無かったから、目立った。
だって此奴は、男物のシャツにタイトなパンツ姿だったから。
化粧はすっげぇ濃くて、殴られたみてぇに瞼は真っ青で、アイラインで黒く目を囲って、睫毛だけで体重増やしてんじゃねぇかって程だった。真っ赤な口に煙草咥えて、「ジン」って一言、ハスキーな声で云った。
髪型は、一世紀前に仏蘭西で流行った、ポンパドウル。栗色の中に金色を織り交ぜた奇麗な髪をしてた。
強烈、かなり強烈な印象を与えた女だった。
でもってな、此れが良い女って来るんだ。
化粧が濃い女ってのは大概美人何だけど(だから濃いんだけど)、雰囲気がね、上玉だった。
「あれ…?」
次に会ったのは、信じられねえ事に大戦終わった中国で。
「ジーン?御前、ジーンだよな?」
俺は横に女を連れて、場所は酒場。化粧は薄かったけど、俺は化粧落ちた顔を見たんだ、やっぱり美人だった。
「は…?」
相変わらずの低音で紫煙吐き乍ら此奴は云う。
「俺、井上。覚えてるかな、英吉利で会ったろ?」
「…………嗚呼。」
覚えて呉れてたって事は、一寸望み持っても罰は当たんねえよな。
俺は軍服を着てた。そしたら此奴は「本当に軍人だったんだ」って鼻で笑う。
「いや、本当って云ったし。」
「女引っ掛ける為の文句かと思ってた。」
「嗚呼、そう来る。」
笑ってると、最悪だ。連れてた女に逃げられた。中国の女って、美人な分目茶苦茶プライドが高い。口は歪ませねえ癖に臍はしっかり曲げる。
「良いの?」
「あー…、もう良いや。」
再見、と背中で手を振って遣ると、酷い罵声を浴びた。酒なら喜んで浴びるが、罵声は遠慮したい。くつくつ喉奥で笑う此奴にジンを一杯遣った。
「再会って事で。」
「乾杯。」
喉に流れる酒の熱さ。記憶を呼ぶには充分だった。
「兄貴、元気?」
「そうね。」
相変わらず放浪して居るらしい。
彼奴には兄貴が居て、病的な迄に放浪する癖がある。「俺は縛られねぇぜ」とか何とか云って、身一つで母国亜米利加から流れ出た。此の兄貴も、男前何だ。
兄妹揃って男前。
此奴は女だけど、結構男前。性格が兄貴に似てる。
「日本には行かねえの。」
「其の内行くんじゃない?」
全ては兄貴の気分次第。
此奴は風の様に付いて行く。
其の日其の日を楽しんで生きてる。必要なのは、煙草と酒。
其れと、一晩の快楽。
「再会記念に…如何よ?」
ジンと煙草の味のするキスを寄越し、在の頃と全く変わらない弾丸の様な目を向ける。
「一回寝た男とは、寝ない事にしてる。」
な、男前だろう?




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