亡命カタルシス


最初に声を掛けて来たのはジーンの方だった。ジンの入った小さなコップを俺の飲むウィスキーの横に置き、眉を上げた。
「東洋人?」
「御宅等みたく西洋人に見えるかよ。」
こんな平坦な顔、東洋人で無ければ何だと云う。ジーンは生まれて初めて見た(らしい)東洋人に目を光らせ、けれど終始無言で、ジーンは気付いたが、視線で会話をする女だった。
「あたし、ジーン。」
「………井上。」
空白の席に目を向け、又俺を見る。
「嗚呼、はい。如何ぞ、レイディ。」
ウィスキーの横に置かれたグラスを空白の席前に置いた。判ってるじゃない、と云う素振りでジーンは座り、長く肉厚な足を組んだ。
数多くの足や尻を見て来た俺だが、ジーン程そそる下半身を持つ女は珍しかった。尻や太股は肉厚なのに、膨ら脛は細く、足首に無駄な脂肪は無かった。
「奇麗な足…」
「Thanks.」
御満悦、と云った感じで煙草蒸し、ジンを飲む。
「貴方は声がセクシー。」
有難う、とは返したが、鼻で笑って居た。
俺は酔ってた。
ジーンの色気に。
「なあ。」
「何。」
「会って二分位だけど、云って良い?」
「何?」
ジーンの目は未来を知って居る様で、其処に拒絶の色は無かった。
「キスしたい。」
「良いよ。」
返事の途中でジーンからキスをして来た。足の様に唇も肉厚なジーンだが、考えて居た程柔らかくは無かった。多分、張りがあり過ぎて居る。
唇を離したジーンは俺の両肩に手を乗せた侭、余り大きくは無い目を丸くさせた。
美人って奴は大概目が細い。だからまあ、美人の部類なのだが。目がでかいと、其れは“可愛い”と部類される。子供が可愛いのは目が大きいから。目の細い子供は、…正直可愛くは無い。此れは“整った顔”と云われる。
「吃驚した…」
「何が。」
「え?柔らかい…」
何で?とジーンは本当に驚き、更に目を丸くする。
「柔らかい男も居るんですよ。」
「顎が細いからかな…」
其の結論に達するのは一寸理解出来無い。謎の多い女であるのは判明した。
「御前の色男は顎が張ってて固いって?」
「そう、固い。厚いんだけど、固い。」
「もっかい知りたくなあい?」
「ベッドの上でなら、ね。」
魂消た色女だ。ベッドに誘う事は考えて居たが、向こうから誘って来るとは思わなかった。動揺と云うか、娼婦為ら未だしも日本の女には先ず無い事で、対処に手子摺った俺は、新しくウィスキーとジンを頼んだ。
「色男は放って於いて良いの。」
グラスを回し乍ら出た言葉は何とも情けない。商売女以外にはてんで情けない。
「良いよ、如何せ遊んでるし。」
「おいおい、こんな色女捕まえてか?とんだ罰当たりめ。天罰下れ。」
「だからよ。」
ハスキーな声は低さを残した侭上擦り、天罰下れ、と笑う。
ジンが好きだからジーンって名前なのか、ジーンって名前だからジンを好むのか、ジーンはジンしか飲む気配は無い。トニックで割る気配も無い。
小さなグラスに飲んでは注いだ。
ボトルが底に為り掛け、灰皿が溜まった頃、ぽつりと云った。
ビリーはあたしの事を愛してない、って。
俺に向けられて居た挑発的な目は、テーブルには弱気だった。
「其れが色男の名前?」
「そう。」
「良し、じゃあ、全世界のビリーって名前の男が不能に為る呪い掛けて遣る。」
「絶対ね?」
「任せろ。日本の呪いは凄ぇぞ。」
全世界の無関係なミスター・ビリーには申し訳無いが、こんな良い女を弱気にさせるんだ、一人づつ潰して於こう。
「貴方って、面白いね。」
「初めて云われた。」
御礼か何かか、キスを呉れた。
「ベッドの上じゃ、無くて良いの。」
「其の前にしたかったから。」
ジンボトルは空に為り、互いのグラスも空にした。
Empty…。何処も彼処もエンプティ。
キスと酒と快楽、ベッドの上でフルにし様じゃないか。




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