遠征


明日から、二ヶ月もの間、龍太郎は遠征に向かう。龍太郎だけでは無い。時恵の周りの男は、皆遠征に向かう。其の間、残された女達は、どれも両親は居らず、和臣の命通り共に過ごす事に為った。
此れが、最後かも知れない―――。月に照らされる龍太郎を、時恵は然りと瞼に焼き付けた。
「如何か、御無理は為さらぬ様。」
其の背中に寄り添い、声を漏らした。
「約束しただろう、一人には、しないと。」
「必ず、必ず御帰還を。」
「皆纏めて、必ず連れて帰る。」
背中に触れていた時恵の手を引き、龍太郎は最後といわんばかりに口付けをした。流れた涙。
「必ず、必ず、又こうして口付けをして下さいませ。」
「嗚呼、約束だ。又こうして、一緒に月を見よう。」
此れが最後の会話になるかもしれない等、考えたくも無い。愛しい者が、離れる瞬間。其れがこんなにも切ない等。
非国民と罵られても良い。心の中は、此れしか無かった。
「戦争等、嫌いですわ。」
涙は止まらなかった。愛しい者を差し出し、何を守ると云う。平安が訪れる日は、果たして来るのだろうか。若し来た時、横には龍太郎が居るのだろうか。其れしか思えず居た。
「必ず、又抱き締める。」
「嗚呼、龍太郎様。心より御慕い申し上げて居りますわ。」
月明かりが時恵の頬を照らす。見せる涙、其れはどんな物より輝いて居た。




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