逢引


姉は別、咎めもしなかった。拓也の頭を膝に乗せ、猫を撫でる様にスクリーンを眺めた。
互いに不満は無い。二人で“恋人ごっこ”を出来るなら何処でも良かった。映画館は特別都合良かった、周りは外国の夫婦ばかりで、其の中に溶け込むと、姉弟の壁は失せた。誰が見ても、恋人同士だった。何年かすると、拓也も内容が理解出来、姉は益々喜んだ。
英吉利に行った今ならもう、全て理解出来る。
「歳は取りたくねぇなぁ…」
「井上大佐、そんな御歳召してらっしゃったんですか。」
「そうだよ…。三十六って、結構きついぞ、此れ…」
云われ雅は、顔を引き攣らせた。
三十六には見えない。とすると、元帥は幾つなのだろう。三十代後半にはとても見えなかった。
「済みません。つかぬ事を御伺いしますが、時恵様は、御幾つなんでしょう…」
「え?御嬢さん?」
確か、自分と五つ違って、自分と龍太郎とは二つ違い。
導き出した答えに拓也は絶句した。
「三十一だ…」
あれが、三十を超えて居る。童顔だ童顔だと思って居たが、女学生に見える三十一歳が居て良いのか。子供二三人居る女と、時恵が同じ歳とは到底思えない。子供が居ないから若々しいのだろうか。
雅も当然驚き、自分の方が老けて見える。或いは同じ歳。
十歳だった琥珀が何時しか十六、そら結婚もする。嗚呼もうそんなに時が流れたのかと、自分は何をしているのだろうと、拓也は呆れた。娼婦と遊んでいる場合では無い。数年の内に“ダディ”から“グランパ”に為ろうとして居るのに。
井上拓也三十六歳、哀愁を知った。三十代のおじいちゃん、良いのだろうか。連れて歩けば“お子さん”と間違えられやしないだろうか。
「俺、何?此の侭娼婦と遊んで死ぬ訳?」
和臣の様に恰好良い死に方は、望めそうには無い。下手したら腹上死。最期は、旦那旦那と云われ、死ぬのだろう。
「恰好悪…」
「そうですね…。そう云えば、三十六と云ったら、丁度父が亡くなった歳です。十七で兄を授かって居ますので。」
雅の冷めた声に、拓也は恨めしそうな顔を向けた。
「そういや、御前今幾つなの?」
母親の歳も気になるが雅の方が気に為るが、問題は雅の年齢。
きょとんと、雅は目を開いた。
「二十一ですよ。」
「御前、何やってんの…?」
「え?」
何をやっていると聞かれても、流れに身を任せていたらこうなっただけの話。
抑拓也の“何やってんの”は何に向けられたのか。
「もっとこう…、若い奴と遊べよ…。何が悲しくて、こんな枯れた親父と遊んでんだよ…。兄上が泣くぞ…、寧ろ俺が泣きそう…」
項垂れ、頭を抱えた。
二十歳其処いらの若い娘(息子?)が、三十も半ばを過ぎた親父と遊ぶ。何が楽しいのか、何を得ようとして居るのか、若しかしたら雅は、ファザコンなのかも知れない。そうでなければ納得いかなかった。
「遊んでますよ、色々。」
「友達居るなら態々俺を引っ張るなよ。」
「友達は居ません。」
「じゃあ誰と遊んでんだよ…、妄想…?」
貴方と一緒―――。
切れ長な目が伏せられた。
加納雅、通称男装の麗人、又の名を、海軍の井上拓也。




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