逢引


上映時間は決まっていない。一日中放映されており、行った時に、其の時上映されている映画を見る。同じ映画の繰り返しでは無く、最低三本は流れ、下手したら、丸い一日、来た時の映画を初めから見たいが為に居る者も居た。時間を計算して次の日見れば良い話なのだが、其の次が無いかも知れない。男達は、日々そんな不安に駆られ、観賞に耽っていた。
女子禁制。
開設当初は、妻や娘等も見に来ていたらしいが、一度暴行事件が起き、以降禁止と為った。雅は特別で、然し椅子が並び、男達が見る場所では無く、映写機室の上に設けられた元帥の特等室で眺める。偶に馨と鉢合わせ、其の時は仕方無し無表情並べ二人で見る。
今日は、海に居る為、居ない。
だから、だ。
雅が映画に誘ったのは。
映画館、といえない風貌に、拓也は言葉を無くした。
「本当にこんな所で、あってんの?」
言葉は当然で、他に知られては困る場所、故に廃墟同然の建物でされている。
「御安心を。参りましょうか。」
袴を揺らし、入口で眠たそうに欠伸をする見張りに顔を覗かせた。一気に眠気の覚めた見張りは椅子から滑り落ちた。
「こ、此れは加納軍師…」
「眠たいか?」
雅の事は何も知らない、女で、男装をして居て、海軍の参謀…其れ位しか知らないが、実際拓也は初めて“加納軍師”としての雅を見た。声色も目付きも、身体から滲み出る雰囲気全てが馨と酷似する。いや、馨よりも冷酷で、人間の温かみ等一切見受けられない。
此れが海軍の参謀、加納雅なのかと、拓也は知れず興奮した。
「い、いいえ…」
「足が悪いのに悪いな。立てるか?」
「た、立てます。」
椅子を楯に男は立ち上がり、拓也を見るなり顔を顰めた。
「加納軍師、此方の方は…」
海軍以外には見せてはいけない規約、其れを雅自ら破るという。然も、陸軍に。
「陸軍が見てはいけないと云う規約は聞いて居ない。」
「確かにそうですが、陸軍も陸軍、大佐ではありませんか…」
「だから?」
「へぇ、俺も有名に為ったな。」
「陸軍の参謀だろうが、知らん奴何か居るか。」
雅には低姿勢の男だが、矢張り拓也には強い。海軍の縄張りに陸軍等絶対に入れたくない。此の見張りだけでは無い、馨も勿論雅とて、海軍に居る者全てがそう思って居る。
「然し、だ。」
雅は片目瞑り、顔半分を歪ませた。
「元帥には内緒にしてよ。な、頼む。私、此処しか場所知らないんだ、な、頼むよ。」
「今月何回目ですか…」
「勿論、タダとは云わないよ?」
溜息吐く男に、雅は金を握らせた。小銭ではなく、紙を。
「今回は陸軍さんだから、多くあげる。」
男はちろりと掌を見下ろし、手元にある小さなベルを鳴らした。後ろから男が又一人現れ、其の男に鍵を渡した。
「…加納軍師が御見えだよ。」
「此方です、軍師。」
「有難う。」
海軍の参謀、雅は確かに狐には似合いの参謀だった。




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