流行病


此の事態に、時一は頭を抱えた。
流行病。
まさかこんな時に軍内で広がるとは想像していなかった。当然軍医なのだから、把握しておかなければいけなかった。然し、誰一人考えていなかった。其れが間違いだった。
「助けてよ、時いっちゃんッ」
「嗚呼、判った…うん…」
必死に縋る男に、時一は苦虫噛み潰した顔で薬を調合してゆく。此の流行病、面白い事に士官達には広がっていない。其れ以下の兵、下士官、特に兵達の間に広がっていた。
「死ぬ、俺は死ぬんだッ」
気の行った男は笑い乍ら喚く。流行病に感染した者は皆、同様の取り乱し様。流石に時一も怒鳴りたく為る。
「死ぬか馬鹿ッ」
高が性病如きで。梅毒で無いのがせめてもの救いだが、如何にかしなければ為らないのは間違いない。
「痛いんだ、焼ける様に痛いんだ。」
確かに、排尿時の強烈な痛みは拷問だろう。死んだ方がマシ、小便が苦痛で仕様が無い、出し乍ら魂も流れてる、御国の為に戦っているのに此の仕打ちはあんまりでは無いか、そんな言葉が毎日毎分毎秒耳に入る。気が狂わない方が異常だが、だったら潔く膀胱を破裂させろとも云えず、時一は苛立った。
抑、在の慰安所が悪い。何故軍医が定期的に検診を行わない。だから性病で軍が壊滅状態なのだ。
そう時一は思い、机のカルテを整えもせず鞄に詰めた。ぐしゃぐしゃのカルテが食み出る鞄を閉め、鬼の形相で部屋を出た。




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