流行病


「あはあは、最高。」
拓也の豪快な笑いに時一は震え、報告を受けた龍太郎は笑いを堪えていた。
「笑い事じゃないんですッ」
机を叩き、拓也を咎めるが聞いちゃ居ない。
「確かに、性病で軍壊滅とは…笑い事では…なあ…?」
関係の無い龍太郎は人事で、笑いを堪える方が大事だった。
拓也は盛大笑い転げ、龍太郎はそんな拓也を見て笑う。
駄目だ、此の人達は駄目だ。日本は負ける。性病で。
時一は即座にそう思い、暗い未来を想像した。
龍太郎は息を吐き、椅子を鳴らした。
「何か無いのか、策は。」
御前医者だろう、と人任せの龍太郎。士官に誰一人居ないのだから、そして自分には関係無い為、如何でも良さそうな口調で流す。
「性病ねぇ…」
笑いが引いた拓也は、龍太郎とは反し深刻な顔している。
「龍太も考えろよ。」
「如何やって考えろと。」
確かに、唯でさえ世間知らずの龍太郎に考えろと云う方が間違っているのか、然し元帥なのだから考えて欲しい。性病で軍を壊滅させた陸軍大将さん、と歴史に名が残っても良いのなら話は別だが。
軍壊滅防止では無く、龍太郎の名誉の為、拓也は頭を捻った。
「今、どんな事してる訳?」
「予防…ですか…」
時一は暗い顔で俯き、鼻で笑った。
「何かしてたらこんな事には為らない…はは…ッ」
妊娠予防しかしていない。妊娠にばかり気を取られ、其の過程をすっかり忘れていた軍医団。今更慌てふためいても如何仕様も無いのだが、此れ以上被害拡大は遠慮願う。
「英吉利さん英吉利さん。助けて下さい。」
戦地での兵達の口癖が嫌でも出る。最近我が日本は英吉利に頼りっぱなしである。全てに於いて。
「幾らあの英吉利でも性病では助けて呉れないだろう…、流石に…」
拓也の言葉が痛い。なら如何しろと云うのだろう。
「然し日本人は。」
今迄黙っていた龍太郎が思い出した様に呟く。
「気違いが多いな、色々。」
行き成り何だ、御前も其の内の一人だな、と二人は冷たい目を向けた。性病対策を考えているのに、一人違う事を考えている龍太郎は立派な其れでは無いのか。
「そうね…」
落胆する拓也。
「彼奴等は凄いぞ。俺、昔狙われてたんだよな。」
「嗚呼、あの時か。」
「あの迫力は、戦地でも使えるんじゃないか。」
「うん。あのね元帥様。作戦は後でゆっくり聞いてあげるからね、今は壊滅防止を考え様ね。」
子供をあやす様な口癖で拓也は云い、龍太郎は其れに何故か喜ぶ。
阿呆だ。此の元帥は阿呆だ。可哀相な菌が頭に回ってるんだ。
そう時一に思われても仕方無い程、龍太郎は最近おかしい。暗く押し黙ったと思えば、行き成り、大日本帝國万歳と笑い乍ら走っている。支離滅裂。まさに其の言葉が当て嵌まり、五十嵐が大変困惑して居る。
そんな龍太郎を見、兵の中にも同じ様な人間が居る事を最近知った。
「元帥がこんなだから敵国、ううん、同盟国軍からも、気違い集団って云われるんだ…」
性病の事等すっかり忘れ、時一は頭を抱え歎いた。
龍太郎は一人、何を考えているのか、煙草の紙を破き、中の葉を灰皿に盛っていた。盛って火を点け、笑いもせず無表情で見ている。
意味不明で支離滅裂な行動。
さっき迄笑っていたのにと拓也は眉間に皺寄せ、おかしい、明らかにそう思うのだが、何がおかしいのか、拓也には判らない。
龍太郎と同じ行動をする兵が、下で蠢く。上と下で軍を挟み、蠢めいている。
何時か自分は龍太郎に殺されるかも知れない、拓也はふっとそう思った。
狼は、静かに笑う。




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