オラニエの王国・和蘭
膜の張った鼓膜に、甲高いベルの音が通った。続いてハロルドの物腰柔らかい声、「そう」「御通しして」短い二言で電話は切れた。其の電話で、待ち望んだ人物が来たと判る。龍太郎は拓也に向き、変な所は無いか確認させ、親指立てた拓也の合図にハロルドはドアーを開いた。ドアー左右に立つ側近が向かい合い、今か今かと空気は流れる。
微かに聞こえ足音、結構な人数だった。一体何人来るのか、龍太郎は不安に為ったがハロルドは至って普通の顔で紅茶を飲んだ。
一人、ドアーの前に立った。彼がそうなのかと龍太郎に緊張走ったが、二人に増え、三人が並んだ。
「嗚呼着いた。」
高い声色が、廊下から聞こえた。一番最初に姿を見せた男が此方を向き、身体を下げた。二人も同じに壁に並び、同じ姿勢を取る。
「マウリッツ様御成りに御座居ます。」
「身体下げて。」
ハロルドは身体を下げる様両手を下に向け、少し身体を下げる、通りに二人も同じ姿勢をした。
「和蘭陸軍マウリッツ・ファン・オールド元帥に御座居ます。」
壁に並ぶ三人は一層身体を下げ、其の前に長身の男が立ち、左右には二人づつ男が並んで居た。
「はぁい、ヘンリーぃ。」
気の抜けた声に総勢七人の側近は身体を上げ、何事も無かった様に龍太郎の視界から消えた。ドアーに立つ側近も敬礼するとドアーを締めた。
「やあ、マウリッツ。」
「くたばって無かったんだね。」
「未だだね。」
「んっふふ。」
破顔した口元から八重歯を覗かせ、腕の中で口元もひくひく動かす耳の垂れた塊を撫でた。
「会いたかったよ、リュタ。」
中性的な笑顔、頼りない口調から流れた日本語、龍太郎は困惑し、思わず後ろを向いた。
「貴方だよ、リュタ。本郷さん。」
「リュタ…?」
「龍太郎、って云えないんです。」
「嗚呼。」
だったら“本郷さん”で云いのでは無いか、何故其処迄して“龍太郎”と呼びたいのか、登場の仕方から何迄不思議な男だった。
「初めまして、マウリッツ・ファン・オールドだよ。ファン・オールド、が名前ね。ファン・オールド元帥、長いからマウリッツで良いよぅ。」
ねー、と腕に居る塊を持ち直し、小さな手にキスをした。其の言葉は英語で、横に居た拓也が通訳をした。
「ファン・オールド元帥…」
呟き、マウリッツにきちんと向いた。
「本郷龍太郎です、初めまして。」
「わあ、日本語だね。」
差し出した龍太郎の手、握ったのはふわふわした小さな手、固まり乍らもマウリッツの笑顔に負け、数回振った。龍太郎の疑問を拓也が代弁、ハロルドに聞いた。
「彼は何時も兎を抱いてます。」
「あれ兎なのか。」
「ホーランドロップって品種です。」
「何で持ち歩いてんの?」
「さあ。深く考えた事無いですね、私も犬を連れてますから。」
龍太郎に何と伝えたら良いか、取り敢えず“軍服の一部”と伝えた。納得いかないが、誰一人として疑問を抱いて居ない所を見ると、生きた毛皮一つで驚いて居る自分がおかしいのだと龍太郎は手を離した。
「可愛いですね。」
「可愛いでしょ、寒い時ね、こうするんだよ。」
云ってマウリッツは軍服の釦を開け、中に入れると又釦を閉じた。ちょこんと顔だけだし、口元を動かす。ずっと見て居ると、龍太郎の口迄同じ動きに為った。
「あったかいんだよぉ、此の子。」
軍服の一部、は強ち間違いでは無かった。
「御腹空いたら食べれるしね。」
「マウリッツ、ダークな部分は未だ見せなくて良いよ。御二人には未だ早い。」
「あ、さっきね。」
「うん。」
マウリッツの話は良く飛ぶ、支離滅裂に話し、ハロルドの話等全く聞かず、云いたい時に云いたい事を云う。黙ったかと思えば、行き成り終わった話を話し出し、或いは全く関係無い話で、龍太郎も、通訳をする拓也も対処判らず、結局ハロルドに全て任せた。拓也が要点だけ纏め、龍太郎はと云うと、マウリッツの横で自分勝手に動く兎と遊んで居た。
三時間の会合だが、拓也は大概疲れた。マウリッツは兎を抱き、来た時と同じに大名行列で帰宅した。
帰り際ハロルドが「だから会わせたくなかった」と、兎の置き土産をごみ箱に捨てた。
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