意外な事実


腕に残る暖かい体温、澄んだ瞳、水蜜桃の様な肌、子供特有の臭い。小さな手足も、未だ中心に寄って居る顔付きも、何もかも全てが愛しい。
愛しいのに、自分の子供は抱けない。自業自得なのは判っている。抑に、此の自分が子供を欲しがる等思いもしなかった。父親から漂う「子供は邪魔」の雰囲気、子供を嫌う実兄、環境でか欲しいと思った事すら無かった。
今迄不便でも無かった、同じ年頃の女が主人と連れ合い、子供と笑顔で歩いて居ても、羨望すら湧かなかった。寧ろ、鎖に見え、哀れんで居た。
其れが…。
女としても男としても子供を残せない自分が、憎くて堪らない。もっと文明か医学が発達して、女同士で子供が作れたら良いのに、いいや絶対に来るさ、神に不可能はあるけど人間に不可能は無いんだから、と女と囁き合ったのを思い出す。
「御前さ、子供好きだろう。」
寝ていた拓也の声に、雅は驚いた。
「何故、そう思う?」
一人起き上がり、膝を抱えて居た雅は、シーツに流れる髪を撫でた。雅の口にある煙草を気怠そうに咥え、笑った。
「子供を見る目が、俺を見る時と同じ。」
好きで堪らないと云う目。
「子供は良いぜ、マジで。世界が変わる。」
紫煙を少し上げ、雅の口に戻すと枕に肩を乗せ、遠い場所を見た。
「もう一回、子供引き取ろうかな…」
「何に為りたいんだよ、あんた。」
「何だろうな。」
ちらりと雅を見、小さく笑うと枕を抱いた。厚い唇が圧迫され、厚みが増す。其の唇にキスをし様と寄せたが、唇が触れる前に顔が逸れ、自分の煙草を掴んだ。
「俺、自分の子供は欲しくないんだわ。でも、子供は欲しい、一杯。」
雅の気持を、横顔は見透かして居た。
もう二度と、自分の子供は要らない。愛した姉との子だけで良い。其れが、消し去る事の出来ない、唯一の思いで、愛情。
一方で雅への配慮とも取れる。子供の出来無い雅に、自分の子供が欲しいと云う事は、詰まり雅は対象では無く、此れ以上無い残酷な言葉。
一途で、一途過ぎて、此れ以上無いって程一途だから、足が止まる。
愛情は、時として非常に邪魔な存在に為る。重い鎖として、人間を縛り付ける。
「アドミラルが、愛と戦争は、良く似てる、本気に為らないと自滅する、って云ってた。」
「へぇ、彼奴が云ったの?じゃ、正しいな。」
「そうなのか?」
「愛に関しちゃ、英吉利の元帥コンビに勝つ奴何か居ねぇよ。命あるもの全て愛してんじゃねぇの。一方は犬で一方は…」
「猫。真っ白なペルシャ猫、パール様だ。生きた毛玉。私、嫌いなんだ。」
「ダルメシアンのテイラー様も忘れんなよ。俺も嫌い。動物は全般嫌い。」
「一生あの二人には為れんな。」
同士にきりきり笑い、性別、国境、果ては犬だろうが猫だろうが超え愛する二人。特にハロルドを思い出した拓也は、細長い煙を天井に只管上げた。
「英吉利行こうかな…、又。」
「テイラー様の楯に為りに?」
「やだよ、寧ろテイラー様が俺の楯に為ってよ。」
「じゃあ、現地妻に会いに行くのか?私も連れて行け。」
「嗚呼良いね、其れも予定に入れて三人で楽しむのもアリだな。」
「其れも良いけど実際は?」
「ヘンリーが孤児院見てだよ。でっかい教会で、シスターが一人居る。」
雅は魂消、愛も超越すると此処迄来るのかと、あの優しそうな笑顔で、世界一好きなのは金、其の次が犬、次が子供だよ、と自己紹介されたのを思い出す。
「そうだよ。」
拓也は呟き、きちんと身体を上げた。
別に引き取らなくとも良い。
何故今迄考え付かなかったのか。
「俺が孤児院を持てば良いんだ。」
微かに吊り上がる拓也の口角に、背中を覆う髪の様な、真っ黒い不安を雅は背負った。




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