日本、英吉利、和蘭其れから…


優雅な出勤直後のティタイム。側近の煎れる紅茶の匂いを楽しみ乍ら、中将から渡された封筒を確認して居た。
「此方が日本、此方がアドミラル、此方が陛下からで御座居ます。」
日本からの通達は、拓也が一戦から離れると云う事と理由、事実上の後任が小野田に変更したと云うもの。紅茶の匂いにパイプの甘い匂いを重ね、次に海軍からの封筒を手にした。
――ハニー、今日も一日笑顔で居ろよ。
ラベンダー色の封筒の中に、そう書かれたカードが一枚。毎朝必ず見る代物だ。此の海軍元帥、陸に居ない時は必ずこうして封筒を渡す。
「海軍は如何為ってる?」
「順調で御座居ます。」
ハーブティ特有の舌触り、カードを鼻に付けるとインキと海の匂いが混ざり、一段と馨しかった。
筈なのに。
王室紋章の描かれる封筒を開いた時、此の優雅な時間全てが崩れ去った。
ハロルドの絶叫が部屋中に響き、普段から物静かに話すだけに何事かと中将は驚き、側近は中将に注いで居た紅茶を零した。
――何、ハニー、如何したのッ?
ソファに座って居た犬迄挙動不審に頭を動かした。
「マーシャル…?」
ハロルドの顔は震え、天井に向かって、あは…あはは…と不気味に笑うと持っていた紙を落とした。其れを中将は拾い、確認すると頭を抱えた。
王室紋章が、最高に眩しい。
「Jesus…Christ…,Oho my goodness…,Jesus…」
ジーザスと繰り返し、腰の曲がった年寄りみたいな体勢で、此の空気の悪さを払拭し様と窓迄歩いた。ちらりと覗いた側近迄も「Oho dear」と唸り、零した紅茶の処理をした。
「フ**キンジーザス…」
「マーシャル、本日の汚い御言葉一回目です。」
一日に五回汚い言葉を使うとイエローカードで、ソファに座る犬を違う部屋に移動させる。十回云うとレッドカード、側近が其の時点から見張りをし、其れ以上汚い言葉を話さない様口を塞がれる。
大きな目が一層大きく見開かれ、何かの間違いで無いかと文字を血走る目で何往復もした。其処に、呼ばれたマウリッツが姿を現した。
「如何したの?大声が廊下迄聞こえてたよぅ。」
「マウリッツ様御到着で御座居ます。」
物腰の低い愛らしい声、相変わらずの大名行列に沢山の側近。其の声にハロルドはとんでもない形相の侭向いた。
「嗚呼、王子、本日も麗しい限りで。」
兎も元気で、と側近の手前、動揺はするが必死に押し隠し、一応の形式上に挨拶を済ました。しないと此の側近共に密告される、御宅のマーシャルは禄に挨拶も出来ない、と。
「で、何か用?俺、其れ所じゃないんだけど…」
両ロイヤルの元帥から「こんな話は聞いてない」と、陛下に云えない文句の電話が来るのは時間の問題、其れを全て纏め陛下に会いに行かなければいけない。何故こんな大事な事を独断で決めたのか、きちんと理由を云って貰わないと納得行かない。
優雅な時間は一瞬で修羅場と化した。
「あれ?報告来てないの?」
出来れば此の人畜無害そうな声で現実逃避したい所だが、第一撃が、来た。
机に置かれる電話ががんがん鳴り、側近が取ろうとしたので手を叩いた。結構な時間鳴り、喧しいのでクッションを乗せた。舌打ちの如く“チン”と小さく鳴ると静かに為った。
「ええと。書類頂戴。」
後ろに伸ばしたマウリッツの手に側近が書類を渡すと、又けたましく電話が鳴った。
「話進まないからさぁ、出てよぅ。僕だって、暇じゃ無いんだよぅ?判る?」
此の書類の所為でね、とマウリッツの持つ封筒にも、和蘭王室の紋章が描かれて居た。
詰まり、判った。
英吉利と和蘭の陛下が、独断で決めた。
ハロルド達に云えば絶対に反対されると判って居る、だったら云わないで決めちゃいましょう、そうしましょう。私達は絶対なのだから…。
マウリッツの不自然な笑顔が物語って居た。
「苛々するぅ…」
「マウリッツ様…」
「苛々するよッ、早く出てッ」
和蘭王室の紋章描かれる封筒で顔面叩かれたハロルドはクッションを投げ飛ばし、受話器を耳に付けた。
如何か空軍のロイヤルさんであって欲しいと。
然し、思いは簡単に裏切られ、笑顔で居ろよと云った張本人から笑顔を奪われた。
「此方海軍、ベイリーだ。此れは如何云う事だ?説明して頂こうか、マーシャル…ベイリー…」
向こうも相当に混乱して居るのだろう、低い声の向こう側は雑然として居た。あの自由平等博愛のトリコロールを掲げた軍艦を見付け次第撃て、と。
「あー…、アドミラル ベイリー…?」
「如何にも。」
「あー…えー…と…、御早う…?良い天気だね…?君の目と同じで奇……」
「貴様碇に為りたいか?生憎、今の、俺の、目は、…怒りで血走ってるよッ」
しゃーっ、と猫の威嚇迄聞こえた。
顔面はマウリッツに叩かれ痛い、耳は怒鳴り声で痛い、泣きそうな顔でハロルドは必死に頷いた。
「アドミラル、居ましたッ、阿呆面下げてますッ」
「撃てッ、盛大に迎え入れて遣れッ」
「一寸待ってッ、そんな事しないでッ、陛下になんて云っ…」
「!The fire!」
「しゃーッ」
どうんと、確かに聞こえた。其れにハロルドは受話器を置き、マウリッツに向いた。
「阿呆ロイヤルが、一発盛大に、迎え入れたよ…」
笑顔でマウリッツが拍手すると、後ろに居る側近達は身体を一度下げた。
「和蘭も一発派手に行こう。叔父上に連絡して。」
「はい王子。」
「提督に御連絡を。」
其れで一人の側近が動こうとしたものだから、ハロルドは慌てて止めた。
「御願いします、止めて下さい、俺が陛下から怒られるんです、胃が痛いんです、止めて下さい。」
泣き縋り乍ら止めるが、ハロルドが陛下から怒られ様が、マウリッツの命令第一の側近に関係は無い。提督に連絡しろ、其の遂行に歩みは止めない。第一に、此の側近は英語が判らない。幾らハロルドが泣き縋り頼もうが、理解出来無い。
「ヘンリーぃ、又鳴ってるよぅ。」
「煩いよ馬鹿ッ」
馬鹿って云われた、と一々告げ口され、少し足を踏まれた。
電話等此の際如何でも良い、恨み言等聞きたく無い。兎に角此の側近を抑えたい。
「煩いなぁ…」
甲高い金属音の電話の音が余り好きでは無いマウリッツは暫く眺め、ハロルドは忙しいそうだからと受話器を掴んだ。
「フィエミダッハ、ヘンリーの御部屋だよぅ、僕はマウリッツだよぅ、宜しくね。貴方は誰?」
「…和蘭の阿呆王子ちゃまか…。阿呆違い、失礼した。」
がちゃんと電話は切られた。
静かに、マウリッツの怒りと機嫌の悪さを感じ取った側近達は笑顔で引き下がる。
「英吉利人って、本当、感じ悪い。」
ポケットからナイフを取り出し、思い切り電話コードを引っ張ると其の侭振り下ろした。
「マウリッツ様。」
「何?」
「大変遅く為りました、紅茶で御座居ます。」
側近とは実にマイペースで、ハロルドの側近が差し出したソーサーを受け取った。




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