アリス


酔いの回った頭で、龍太郎は拓也を見た。じっとロケットを見、無言で開閉する。其の金属の音が響く。
かちり、かちり、かっちり。
子守唄の様なリズムに、時恵は目を瞑り、耳を預けた。
其れがどれ程続いただろうか。ぱちんと閉まり、袂に仕舞った。
意を決した強い声が響く。
「ウェディングドレスって、何処で作って貰えるんだ?」
目を見開く龍太郎。
「…本気か。」
酔いが覚めそうな程、きつい声。寂しそうな目を伏せ、拓也は笑った。
「本気で無くとも、向こうは本気だろう。逆らえる訳無いだろう。」
話の飲み込めない時恵の目が揺らぐ。
「ウェディングドレスって、何ですの?」
「花嫁衣裳だよ。外国の。」
「何方が、御召に?」
ゆっくりと動く拓也の口。
「琥珀が?御相手は?」
無言の二人。
「加納、元帥、ですの?」
龍太郎の体が強張った。
時恵は深く息を吐き、首を振った。
「何て事、加納元帥等。」
自ら不幸背負うだけでは無いかと時恵は云う。
「不幸に為る事が、目に見えてんのにな…」
とても、幸せに為れるとは思わない。軍人の妻が、どんな道を辿る事に為るか。云いたい事も云えぬ、規律と折り目正しい鎖に縛られた世界。自由奔放な世界で生きて来た琥珀に、果たして其れが耐えられ様か。
其れでも琥珀が望んだ。拓也は其れを、叶えさせるだけ。無責任と云われても良い。琥珀が望むのなら、父親として、又軍人として、差し出す迄。
鳥の声が聞こえる。
炯ゝして居た月は白く為り、太陽が辺りを照らしてゆく。
「帰るか。」
白い空を睨み、拓也は腰を上げた。




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