羅刹国


和臣の声が聞こえなく為り、目を開けた。今迄靄掛かっていた頭が、恐ろしくはっきりとしている。
「御気分は…」
小野田の声に龍太郎は背凭れから身体を離し、首を振った。
「悪い処か、頗る良い…」
そう云うと、頭の中で低く笑い声が響いた。其れは頭を伝い、耳を伝い、口を伝った。
「何だ、こんな事か。」
其の顔が、最早龍太郎の物でない事を感じ取った小野田は、靄掛かる頭を必死に回した。
「小野田。」
「はい。」
「敬礼は。」
支配する声、痺れる腕が、勝手に動き、きちんと敬礼した姿に龍太郎は笑った。
――其れで良い――
龍太郎の皮を被った、修羅。
頭の中に流れる和臣の思い。自分は其れを実行に移す迄。
「帝國軍は、不滅だ。」
其れが何方の声か、小野田には判らなかった。若しかすると、何方の声でもないのかも知れない。
そう此れは、修羅に飲み込まれた仏の声。




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