加納元帥夫人


息が止まる程の窮屈さを知った。英吉利から送られた花嫁衣裳は、ヘンリーからの祝福と、ベイリー元帥からの敬意の表れ。衣装と共に入っていた薔薇の写真に掛かれたメッセージに胸が熱く為る。
―――Please,Include love more than the United Kingdom. From henry.
―――Glory a’prosperity. From H Bailey.
「英吉利依り愛を込めて、栄光と繁栄を。憎いね、ヘンリー。」
メッセージカードに拓也は笑い、琥珀に渡した。
大英帝国女王が広めたと云う其の純白の花嫁衣裳。英吉利至上尤も輝かしい歴史を築いた、アレキサンドリア・ヴィクトリア。其の女王と同じ名の琥珀は、今又、其の花嫁の美しさを再認識させた。
震える身体。緊張から来るものでは無い。其れは琥珀にも判る。
「おい、大丈夫か?寒いのか?」
首を振り、頭に載ったベールを揺らす。
「怖い…」
そう、呟いた。
幸せ過ぎて、怖い。英吉利の孤児院に居たに過ぎない少女が、異国地で元帥夫人に為る等、神も中々に憎い事をする。自分の運命に、震えが来る。拓也も其れは同じ事。此の目に、自分が望み成し得なかった事が映って居る。木綿で無い其の絹の光沢は輝き、正に栄光と繁栄を映し出していた。
紫煙を上げる井上に、琥珀は立ち、床に膨らみを作った。ふわりと広がるドレスの裾。薄いベールが、顔を隠す。
「止せよ。」
照れ笑い、顔を逸らす拓也。日本では、嫁ぐ前に親に挨拶をすると、時恵から聞いて琥珀は拓也に膝を突いた。
「もう、マジで止めて呉れって、柄でもねぇ。カトリックもプロテスタントも、そんな事しないの。」
感傷隠し笑うが、声の震えははっきりとした物で、又其れに呆れ自嘲した。
「御父様…」
吐かれた言葉。
出会ってから今迄の事が走馬灯の様に巡り、手放す其れを抱き締め、深く息を吐いた。
「ヴィクトリア…あんなに小さかったのにな…。片腕で抱えていた筈なのに、何時の間にこんなにでかくなっちまったんだ…」
片腕でも余って居た。其れが気付けば、両腕一杯に為った。思い出が、愛が溢れる度に、大きく為った。
「ダディ…ダディ、大好きよ。世界で一番、誰よりも…。有難う。会えて良かった。」
「倖せに為れ、絶対だ。じゃなきゃ英吉利から連れて来た意味がねぇ。」
喉が熱く為り、互いの目から涙が流れ落ちた。




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