トランキライザー


真夜中、目が覚め、横に寝ている恵御を起こさない様、ベッドから抜けた。台所で水を飲み、其の侭寝室には戻らず隣の書斎に向かった。電気を点け、独逸からの手紙に、何度目だろう、目を通した。全く変わってしまった昔の恋人の姿、痛む頭で懐かしい笑顔を思い出す。

―――兄上。

そう笑っていた君は、もう、居ない。
手紙を読み返す度、安定剤の量が増えてゆくのは何故であろう。
火を点けた侭の煙草は灰皿の中で紫煙を上げ、吸いもせずフィルターを焦がし、消えた。

何でや、何でや、時一。

手紙が着て一ヶ月。来週、時一と珠子が恵御に会いに日本に来る。其の時自分は、時一に何を云うべきか。医者になった理由を思い出せ、目を覚ませと頬を叩く事は容易いが、全てを独逸帝都に捧げた人間に、効くとは思えない。

うちはな時一。時一が笑ろてたら、其れで良えんや。

安定剤を酒で流し込む医者も大概だと、宗一は電気を消した。




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