トランキライザー
間借りしている侑徒は、毎朝恵御を起こし、そして宗一を探す。日に日に増える宗一の安定剤の量に侑徒は不安を覚え、机に散乱する薬紙を片付ける。くしゃりと手の中で丸まり、何時か宗一もこんな風に容易く潰れてしまうのでは無いかと、毎朝そんな事を侑徒は考えている。
「先生ぇ、先生ぇ、朝ですよ。」
数回揺らし、焦点の合わない宗一の目を確認すると頬を二三回叩く。ぐらぐらと椅子の上で揺れている宗一に、朝の新鮮な空気を与える。恨めしそうに朝日を睨み、其処で漸く宗一は目を覚ます。顔に掛かる髪を縛り、数回首を鳴らすと宗一は嘘の様に顔付きが変わる。着替え、食卓に着く頃には、完全に医者の形になっている。
侑徒は其の変わり様が、好きで堪らない。
きちんと仕事を熟し、患者からの信頼も厚い。毎朝宗一に感じる不安は昼には消え、そして又朝同じ不安を知る。其れの繰り返し。
「日本は戦争をするのかな。」
恵御がふと、朝食時に云った。宗一は唸り、起きたとしても此処に被害は無い、其の為に恵御は此処に居ると味噌汁を飲んだ。
恵御は箸を置き、頬を膨らませ不満を云う。
「じゃあ英吉利は如何なるの?」
「英吉利?」
侑徒の高い声が妙に響いた。恵御の心配は、日本が戦争を始める事では無く、英吉利に居る女優に向いている。
「英吉利は…どやろな。仏蘭西と一緒に、戦争はせぇへん云うてはるみたいやないの。」
「そうなんですか?」
「独逸は英吉利と戦争する気満々だよ。ハンスが手紙で云ってた。総統閣下が鼻息荒くしてるって。」
「時一も其れ、ゆうてたわ。」
恵御の眉は不安で下がり、宗一はテーブルに肘を付くと恵御の鼻を摘み、笑った。
「仮に独逸と英吉利が戦争したかて、御嬢の事は英吉利軍が全力で守るんと違う?せやろ?」
恵御の心配する女優は、英国陸海軍を味方に付けている。他の心配依り、先ず自分の進級の心配をしろと、恵御の皿から卵焼きを奪った。悲痛な声を出す恵御に、侑徒は笑って自分の皿の卵焼きを恵御に渡した。
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