カルキをソーダで割ってみた、特に理由はありません


ふっくらとした時恵が、目を逸らしたくなる程窶れて居た。丸い柔らかい頬が削げ、目だけやたら大きい。其れなのに、笑顔だけは愛らしかった。
車から降りた時恵に宗一は胸が苦しくなり、其れを隠す様に強く抱き締めた。
駅迄迎えに行ったのは侑徒である。そして驚いた。列車丸々一台で帝國陸軍を引き連れ、時恵は現れたのだ。突然現れた軍人の姿に京都の人間は驚き、そそくさと足早に歩いて行く。
「君が、橘君か?」
姿は知れど、初めて見て聞く陸軍元帥の声に侑徒は驚き、深く身を屈めた。其の後ろには“帝國陸軍元帥軍”と打たれる腕章を付けた医師団。一体時恵は何だと云うのだろうか。侑徒は此の時、迎えに行って来れと宗一に頼まれただけで、時恵の病状は聞いて居なかった。
着いたら先ず、自宅では無く自分の所に来る様、宗一から云われて居る。駅から車を走らせ、宗一の居る大学病院へ向かう。桜が綺麗だと、時恵は龍太郎に笑い掛け、其れに龍太郎は笑顔で答えて居た。頭同士をくっ付け、窓の外を見る。二人の仲睦まじさに侑徒は笑みを零し、二人の会話を聞いて居た。
其の、幸福の笑みを浮かべる二人から、時恵が末期の結核等とは、想像出来無かった。宗一から聞かされても納得行かなかったが、其の夜、時恵が咳と共に血を吐き出したので、矢張り本当だったのだなと、侑徒は知った。自分が後二ヶ月持つか持たないかと云うのに、何故笑顔で居られるのか、其処だけは理解出来無かった。
「私が笑って居なければ、龍太郎様が御辛ぅ御座居ましょう。」
そう、きつそうな顔で時恵は笑い理由を云ったが、侑徒には、矢張り理解出来ず居た。




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