カルキをソーダで割ってみた、特に理由はありません


元から食欲旺盛と云う訳でも無く、並の食欲を持つ筈の時恵が食事を余り摂ろうとしない事が宗一の心配の種だった。栄養を沢山摂らなければいけないのに、申し訳程度の粥しか時恵は口にしなかった。やれ肉だやれバナナだと宗一は買って来たが、結局は宗一か侑徒、恵御の誰かが食べる羽目になる。始終咳をし、栄養が足りないと点滴を日に何回も投与した。狂気に近い宗一の姿に、侑徒は唯従うしか無かった。
二週間程した時だろうか。時恵は其の日、朝から大量に血を吐き出した。此れはいかんと宗一は医師団を呼び、調べさせた処、かなり進行して居る事が判った。風の抜ける様な呼吸を繰り返す時恵に侑徒は、自分が至らない所為だと謝罪し、己を責めた。けれど時恵は侑徒を決して責めたりはしなかった。時恵は心の何処かで、早く楽になりたいと考え、其れが身体に表れたのだと云う。此の頃の時恵は、最早生に対する気力を失っていた。
二ヶ月持つか否か。絶対持たないだろうと、宗一は覚悟し、龍太郎に手紙を書いた。電話でも良かったのだが上手く云えないと思い、手紙にした。東京に居る龍太郎が大変な事になっているのは宗一も判る。馨が首相となり、拓也は癌。龍太郎の心労は判るが、けれど今来なければ時恵は死ぬ。
死、と云う文字を書いた時宗一は恐怖に身体を乗っ取られ、激しく狼狽した。
「和臣…」
ペンを置き、荒く息を吐くと涙を止める様に酒を流し込んだ。
時恵が死んだら自分は確実に壊れる。其れを確信した。変わり果てた時一の事等、宗一の頭には全く無かった。
「うち等は、結束が強い様で、結局ほんまは誰一人兄弟の事考えてへんかったなぁ。」
其れから二週間後、時恵が京都に来て一ヶ月した時、新が死んだと云う事を宗一は聞かされた。
五月の、良い天気の日だった。




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