melancolie


付いて来なくとも構わないと宗一は侑徒に確かに云った筈だが、付いて来られた。御願いではなく、来るなと命令すれば良かったのか、と海を見て今更宗一は後悔した。
琥珀に付いて上京した恵御は、今の独逸情勢から連れて行かない事にした。宗一の本心は、侑徒に京都に残って貰い、恵御を見て貰いたいと云うのだったが、なんせ侑徒は他人だ。そんな厚かましい願いは出来ず、琥珀の好意に甘えた。
「ゆうとくけどな、独逸は何も無いで。姉ちゃんは綺麗やけど。」
其の言葉に侑徒は海から目を離し、宗一を見た。
「俺、女に興味無いですけど。」
宗一の口から煙草が落ち、足に乗ったので慌てて足を振った。
「足袋、焦げたやんか。」
「知らなかったんですか?俺が同性愛者って。」
「いや…知らんかったわ…」
宗一は唯単に、侑徒は他人に興味が無いだけで、そんな事考えもしなかった。女の影が無いのは其の為で、同性愛者と此れっぽちも思っていなかった。何故自分の周りはそんな人間が多いのだろうか、そうか、類は何たらというやつか、と新しく煙草を咥えた。
しかし、侑徒が同性愛者とは驚きだ。確かに昔から、自分の芸者遊びに付き合わせてはいたが、其れは義理で、心の中では馬鹿にしているだろうな、と宗一は思っていた。其の時も宗一は侑徒に、嫌なら付いて来なくても良いと云っていたが、此れも勉強ですから、と返されていただけ。在れは社交辞令ではなく、本当に勉強していたのか、と記憶を辿る。こう改めて云われてみれば、侑徒には其の節があった。
其の女形に見える容姿は男子学生の心を掴み、剰え、助教授の心を掴んでいた。進級したいだろう、俺が教授に頼んでやる、と侑徒の腰を引き、唇を触る助教授を見た。其の時侑徒は相変わらず心の無い目で助教授を見上げ、唇が触れる寸前で宗一に雷を落とされた。其れ咎めると首を傾げ、宗一は絶句したものだ。
全てに於いて納得出来た。
何故独逸に行く前に其れを云わなかったのか、しかし、聞いた処で如何仕様も無い。
「なあ、橘。付いて来た理由て…」
自分を見る侑徒の目に性的眩暈を知り、いかんと首を振る。
自分を好きだから付いて来た。
此れで自分の考えと同じ事を云われたら、此の侭海に身を投げ様、そう宗一は決心し、侑徒の目をじっと見た。
「別に、独逸に行ってみたかっただけですけど。」
「嗚呼、良かった…」
身投げはしなくて済みそうだ。
侑徒の事は、確かに可愛い。可愛いが其れ止まりだ。昔の時一を重ねているだけで、恋愛感情は無く、又持たれても困る。時一が珠子に好きだと云われた時、宗一以外を愛したくないと思ったと同じに、宗一も、時一以外を愛したくは無い。其れも又、恐怖だった。
自分が愛した人間は、必ず不幸になる。
其れを宗一は知っている。だから、人を愛さない。恋人を作らない。
尤も、今此の歳で、青年の侑徒に好きだと云われても、体力が無い。時一の件で性欲の有無は実証済みで抱けない事は無いが、体力が大変衰退している。青年の相手は、とてもで無いが無理だ。
「うちはな、もう、年何や。」
「知ってます、五十四ですよね。」
「嗚呼っ、五十四っ。切ないわっ」
在の可愛かった時一が、三十六。自分も五十四になるさ、と海に似たしょっぱい涙を流した。 来年になってしまえば和臣が死んだ歳と同じになるではないかと、宗一は更に衝撃を受けた。海に向かって、此の憂いを叫びたい。
そんな事を一人勝手に宗一は考えているが、実は侑徒、宗一が同性愛者だとははっきりと知らない。漠然と、そうなのかな、としか考えていない。だから、行きたかっただけ、と答えた。
侑徒は宗一を愛している。けれど、其れが、尊敬からなのか、恋愛感情からなのか、侑徒には判らなかった。
侑徒には、自分の感情を知るという心の動きが存在しない。故に自分の考えが、判らないのだ。




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