melancolie
温厚で知られる時一なだけに、アルツト ゲーテの機嫌が悪い、と軍は噂で持ち切りだ。愛しのFrauに浮気をされた、だの、相思相愛の総統閣下の異国人排除令の対象にされた、だの根も葉も無い噂が流れ、時一の機嫌は悪くなる。終いには「何時母国に帰るんだ?」と皮肉られる始末。
そんな噂を知らず、クラウスは時一に話し掛け、「国外追放?」そう鼻で笑った。
時一には珍しく高圧的な口調で、機嫌が悪い日もあるんだなと、クラウスは驚き、煙草を吸い乍ら姿を消す時一の背中を見た。擦れ違った騒いでいる兵士達にも、煩い、モルモットにしてやろうか、と吐き捨てる。
ヨーゼフが怖いから探れと総統閣下に命令されたが、此処迄機嫌が悪いのなら、聞ける訳が無い。
「トキイツ、機嫌悪いな。」
其れはハンスの目から見ても判った。後ろから現れたハンスにクラウスは飛び上がり、脅かすな、と腹を殴ってみた。
同じ様な青い目を合わせ、クラウスは息を吐いた。前々から疑問に思っている事だが、何故ハンスは時一の事を今でもトキイツと呼ぶのか。他の兵士や将校、医師達にはヨーゼフ若しくはゲーテと伝えるので、癖、という訳でも無さそうである。クラウスと、そして本人にしか云わない。今更聞いても良いのだろうかとも思うが、ずっと疑問を持った侭でも気持が悪い。
「なあ、ハンス。」
「ん?」
「何で、ヨーゼフの事を、今でもトキイツって呼ぶんだ?」
ハンスは静かに青空を見上げ、辛そうに笑った。
「俺迄ヨーゼフと呼んでしまえば、本当に、菅原時一という人間が、此の世から居なくなりそうなんだ。昔のトキイツを知らないのなら、俺だって呼ぶさ。けれどな、俺は知ってるんだ。菅原時一が、どんな人間で、どんな人生だったかを。俺が其れを忘れたら。」
破壊の天使、ヨーゼフ・ゲーテしか残らない。其れでは、菅原時一が可哀相だ。
「ソウイツに合わせる顔が、無いよ。」
薄く涙を溜める目を見られない様に伏せ、俯いて煙草を咥えた。
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