Dorme Schavitu


日本人は、死んだら一層小さくなるんだな、と渡された骨壷にハンスは涙を浮かべた。
「初めて会った時も小さいと思ったが、こうも簡単に腕に収まるんだな…トキエは…」
落とさない様に時一に渡し、腕に乗った其れに時一は震え出し、本当に死んだ事を実感した。声が出ず、がちがちと歯が鳴り、喉元を強く締められた。息さえ出来ず、息をし様と身体が勝手に揺れた。大きな目に涙が堪り少しの振動でも落ちそうなのだが、時一は其れを我慢した。我慢して、我慢して、横で泣く珠子を見て、初めて嗚咽を漏らした。
「姉上…姉上…っ、姉上っ。嘘だ…嘘だ、姉上…」
崩れ落ち、強く抱き締めた。嘘に違いないと思いたいのに、抱き締めているのは確かに時恵で、心が、壊れそうになるのを感じた。破壊の天使が、破壊される。其の現実に笑いそうになった。
「なあ、時一…」
今迄、我慢していた訳ではない。時恵が死んだという実感が持てなかっただけで、涙を我慢していた訳ではない宗一は、時一の姿を見て、漸く時恵の死を実感した。細い糸の様に涙が落ち、くつくつと笑い出した。
「ほんに、時恵は、死んだんやなぁ…」
遠くを見詰め、笑う度涙が落ちた。
「何ぞ、実感無かったんやぁ…龍太郎が泣いても、御嬢が泣いても、骨になっても…死んだて、思えへんかった。雅はんなんてな、ショックで気絶したんやぁ。なのに、うちは実感が無かった。和臣ん時は、直ぐに出来たのに…」
其れが何故か判らなかったが、漸く理解出来た。
時一が時恵の死を認めなかったからだ。
時一が其れを認め、初めて実感した。其の骨壷の中に居るのが、時恵だと。
座り込む時一の頭に宗一は鞄の中身を落とした。落ちてきた沢山の写真に又涙が出た。全部宗一が写し、其の中には昔の自分と並んでいるのや、和臣と一緒に写っているのもある。
「全部、やるわ。見たない…」
時恵も、和臣も、昔の時一も、居ない人間の顔等、見たくも無い。見れば、過去に縋り付きたくなるから。
過去は捨てる。未来は作らない。時間に任せて、今を唯進む。
宗一には、もう何も残っていなかった。二人は死に、残った昔愛した弟は知らない人間。此れで宗一に恋人が居れば、宗一は唯進むのでは無く生きれたかも知れない。
宗一は、自分の為に人生を謳歌した記憶は無い。全て、周りの人間の為に謳歌した。自分を求め必要とされる事でしか、宗一は生きる事が出来ない。其の全てが無くなった今、唯進む事しか出来ない。言い換えれば、生きる意味が、何処にも存在しないのだ。手足を細い紐で吊され、宙に浮いた状態で動けずいる。無人の舞台で、宗一と云うマリオネットは揺れていた。一人でも舞台に居れば、マリオネットは足を舞台に付け、動ける。けれど誰も上がらず、照明も消された暗い舞台に揺れていた。
一人で良い。
唯一人で良い。
其の一人が、全く居なかった。




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