Dorme Schavitu
途中迄書かれた原稿用紙を眺め、考えた宗一はペン先を原稿用紙に乗せた。何を書く積もりか、鼻で笑うのに手は勝手に動いた。
此の原稿用紙に、終わりが無い事を宗一は此の時知った。木島の血が途絶えない限り、延々と枚数を増やす。完、の文字が白い用紙に浮いた時、木島の血が漸く終わる。其れが見えた。
「時一…うちの次は、時一の番や。」
しかし宗一には判らなかった。
次に託す、詰まり、相手の死を意味する事を。
書いている人間が死ななければ次には渡らない。其れを宗一は考えていなかった。安易な考えで宗一は思い、ペンを走らせた。
気付けば夜が明け始め、窓の外が白くなり始めていた。空気が悪いと、窓を開けた。其の目に映った侑徒の姿に、宗一は昔を思い出した。
自分が初めて独逸留学した時を。
こうして宗一も、明け方の空を見上げて居た。何も考えず、白い中に居た。昔の自分が重なった侑徒に宗一は背中を湿らせ、慌てて窓を閉めた。嫌でも思い出す師の姿。勝手に手が震え、其の手で顔を覆った。
「何でや…」
何故今頃思い出すのか。
医者としては尊敬出来たが、人としては底辺をゆく、師。はっきりと姿が頭に浮かぶに連れ、宗一の左手は痙攣を始めた。微かに震えていただけの記憶は激しく存在感を示し、其れを宗一は見ていた。震えが止まった右手で左手を押さえたが止まらず、何だが其れが面白いとさえ思い始めた。
在の時も、嫌悪で痙攣する左手を師の右手が拘束していた。
机が此処にしか無いと云う理由でハンスの部屋に居た宗一は、横で寝息を立てるハンスに声を掛けた。薄く目を開けたハンスは、其の宗一の表情と痙攣する左手に飛び起き、手首を包む様に掴んだ。左手の痙攣の理由を深く知るハンスはベッドに座り、宗一を横に座らせると抱き締め、痙攣と心を落ち着かせる様に背中を摩った。
もう、先生の傍に居たく無い…日本に帰りたい…けれど、一人で帰ったって日本で医者にはなれない…先生が居ないと、俺は医者になれない。結局先生が居ないと、駄目何だ………
こんな思いをする為に、こんな事をする為に俺は、独逸に来た訳じゃ無いのに…
俺は如何したら良いんだ、と歪んだ顔を見せる宗一をハンスは思い出した。
三十年以上も昔の事が、嘘みたくはっきりし、今の事の様に思えた。
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