Dorme Schavitu


戦争をしているのに、のんびりと独逸に居て良いのだろうかと侑徒は思い、目的が済んだのなら帰れば良いのにと相変わらず淡泊だった。強い方では無いが嫌いでは無い酒を宗一と二人で飲み、互いに程良く感覚が無くなり始めた頃、宗一はふと侑徒に云った。
橘君には如何、私の姿が映っているかね、と。
其の口調が面白く侑徒は笑い、素敵ですよ、そう答えた。
――素敵…。ほう。何を以てそう云うのかね。
聞かれ、侑徒は笑顔を顔から無くし、黙り込んでしまった。何を以て、そんなの判らなかった。唯素敵と思う。
グラスの氷が動き、薄くなっただろうと侑徒は宗一のグラスに酒を入れた。理由の云えない侑徒には其れしかする事が無かった。細く関節の骨が浮く神経質な長い指はグラスを囲い、薄い唇に運んだ。其の手の動きを侑徒は眺めていた。だから気付いた。真白い肌に不自然に浮いた褐色のケロイドを。するりと袂が肘迄落ち、微かに見えた細い白い痕。長い月日の所為で肌と同化しているが侑徒にははっきりと見えた。
「せ、先生ぇ…」
「ん?」
グラスを唇に付けた侭宗一は反応し、赤味を帯びる垂れた目を向けた。
「其の傷…」
「何(ド)の傷。」
「手…」
手首の、と云えず、侑徒は自分の左手首を右手で掴んだ。
「嗚呼、此れか。」
今頃気付いたのかと云わんばかりの声色を出し、グラスを置いた。尊敬する宗一が、まさか自殺未遂、そして自傷癖を持っていた等とは考えたくない侑徒。蟀谷を押さえ、何かの間違いだろうと考えたが、宗一は薄く笑い、知りたいか、そう聞いた。知りたいのだが首を振る事が出来無い侑徒は床を見詰めた。勝手に宗一が話すと知っているから。
からんと氷が鳴り、又一口飲むと宗一は行き成りグラスの中身を手首に垂らした。傷を流れ落ちる其れが、ブランデーだった為変色した血に侑徒は見える。
其れは宗一も同じだった。
たった一言、在の時と同じだ、そう云った。
「在の時…?」
聞いた侑徒に宗一は、空のグラスを床に落とした。絨毯が敷かれた床にごとりと鈍い音が吸収される。
「二十歳の時や。」
此の傷が付いたのは。
時一にも話した事の無い、ハンスしか知らない過去を、何故侑徒に話そうとしたのかは、宗一にも判らなかった。




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