ヨーゼフという名前
昨日の続きをし様、とルートヴィヒに呼ばれ、時一は後に続いた。気の所為か、最近やたら絡まれる。部屋に入るや否や、ルートヴィヒは時一の首に腕を絡ませ、ヨーゼフヨーゼフと繰り返した。そんなルートヴィヒが気味悪くなり、引き攣り乍ら身体を離した。
「何だ、嬉しく無いの。」
「嬉しい訳無いでしょうよ…。等々、気でも狂ったか…」
「でもクラウスは、こうして君を迎え入れるでしょう?」
ほら、と何処で入手したか判らない二人の密会写真を白衣のポケットから出し見せた。
脅す積もりは無いと云い乍ら此の行動。しかし、ルートヴィヒに脅している積もりは無く、単に時一の狼狽する百面相が面白いからしているに過ぎ無い。わあわあと開く口を震わせ、時一は写真を指した。
「なん…」
「んー、撮れちゃった。撮ったのはハンスだよ。」
「馬鹿っ。何て事を…。元帥の…」
「不用心だよ、君達。ハンスは仮にも元帥候補として名が上がった男。写真撮る位、朝飯前何ですねぇ。あははは。」
何が面白いのかルートヴィヒは笑い、記念にあげると云われたがしっかりと焼却した。
燃え粕に足を乗せ、時一はルートヴィヒを睨み付けたが、蛇の目に怯んだ。机に積み上げられる小分けにした菓子の袋を、左右の手に投げ合い乍らルートヴィヒは机に浅く座った。一袋時一に渡し、又同じ様に新しい袋で遊んだ。
「何の話でしたっけ。」
「ヨーゼフと云う名前の。」
「嗚呼、そうだった。由来ね。はいはい。本当に知りたいの?」
「え…。教えてくれるって…」
「云ったけれど、知りたいのかなと思って。」
確かに時一、はっきりと由来を知りたいと云った訳では無い。ルートヴィヒが、由来を知っている、ハンス達が困惑した理由も、と意味深な発言をした。此処迄誘われ、聞かない人間が居るであろうか。そして時一は人一倍好奇心旺盛で、勿論ルートヴィヒは其の性格を知っている。だから云ったのだが、此のサディストは何処迄も時一をからかう積もりで居る。
教えても良い、けれど知った時、君は今の様に忠誠心を持てるか。
射る様な目に時一は頷き、一歩近付いた。
「ヨーゼフはね、クラウスの恋人の名前だよ。だった、が正しかな。」
袋のリボンを解き、小指に結んだ。其のリボンの色は赤で、時一の手を取ると小指に結んだ。
「君は大戦の時、日本に居たから知らないだろう。けれど、此の独逸に居てアロイスの傍に居れば、ヨーゼフが誰か直ぐに判るね。」
アロイスとは総統閣下の名で、ハンス、ルートヴィヒとは小学校からの仲、当然事情は知る。
「君の名前がヨーゼフと聞いて、尚且其れがアロイスから貰ったとなれば、真っ先に浮かんだのは彼の顔だったよ。」
ルートヴィヒには珍しく穏やかな顔で、目を伏せ薄く笑って居た。
「奇麗な黒髪で、そう、昔の君みたく。歳はクラウスより二つ上。とてもピアノが上手い子だったね。」
けれど大戦で死んだ。恋人の死と独逸の敗北を信じれず居た其の時に、時一はクラウスと会った。睨まれたのは、其の恋人に似た黒髪が忌々しかった為と時一は知る。何も戦争で恋人を亡くしたのは自分だけでは無いと直ぐにクラウスは吹っ切れ、第一クラウスは恋人の死より、独逸が敗北した事に悲観していた。
そして、自分の全てを独逸に捧げる覚悟をした。
時一と同じ様に。
日本人が何を馬鹿なと総統閣下は鼻で笑って居たが、時一が医者免許を持った時、其れは確かに独逸人としての忠誠心だと思い、独逸に全てを捧げた若い命を思い出した。
「ヨーゼフは死んだ。なのに何故独逸は負けた。人が死ぬのが戦争なのか?勝ち、支配する事が戦争だろう?違うのか?…クラウスの言葉だよ。衝撃だったよ、十五歳の子供の言葉にしては。だから、総統閣下はあそこ迄戦争に執着を見せる。たった一人の息子の為に。クラウスは、ヨーゼフの為に。」
全てを独逸に、全てを総統閣下に。其の思いが無い人間は死ね。
其れを思う時一に其の名前を与えたのは、見えない首輪を掛けると同じである。
一生独逸に尽くせ、独逸に全てを捧げろ、独逸に絶対な忠誠を誓え。
時一に名前を与えた本当の意味。知った時一は口元を歪め、ルートヴィヒの様な笑みを浮かべた。
「俺の名前がクラウスの恋人の名前だから忠誠を無くす?本気で思って居るのか?寧ろ逆だね。」
小指に絡まっていたリボンを解き、大きく腕を広げ、天井を見た。呼吸をする様に、当然な言葉。
「Heil.」
ルートヴィヒに此の言葉は聞こえ無かったが、時一が云ったのは理解出来た。
「Heil.」
同じ様に呟き、聞いた。
「日本語では、何て云います?万歳は。」
ゆっくりと顔を戻した時一は薄く笑い、ルートヴィヒを見据えた。
「俺は独逸人だ。日本語何か知らない。」
時一の言葉にルートヴィヒは高らかと笑い、真直ぐ腕を突き出した。ふわりと白衣が揺らぎ、天使を見た。
「Heil!Heil!Heil!」
捧げるは独逸。勝利は独逸。
「Sieg Heil!Heil Hiller!」
洗脳が出来れば面白くは無いか、総統閣下の言葉をルートヴィヒは思い出し、サディスティックに笑った。
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