羽の消えた天使


一番始めに見た時からこうなる事は判って居た。元に戻す術も判らず、時一は、嗚呼本当に木島の作り出した城の集成なのだなと感じた。人間の醜態憎悪を詰めた左目は、事もあろうか時一全てを飲み込んだ。昔と同じ様に包帯が巻かれた顔を直視出来ず、けれど見なければならないと我が身を震わせた。
「宗一か。」
目をすっぽり隠す包帯は動き、嬉しそうに口元が緩む。
「外して。」
云われる侭に頭に手をやり、ゆっくりと包帯を解いた。懐かしい行為に知らず興奮はしたが、緊張が勝って居るのは確かだった。
包帯が外れる度珠子は嗚咽を漏らし、完全に外れた時獣にも似た声を出し、ハンスの胸に顔を埋めた。
「トキイツ…」
ハンスの声は震え、何処か怒りを覚えて居る様に唇を噛んだ。
「見えるか?」
焦点が合って居るかは不明だが目の前に顔を置き、笑った。未だ見えて居るのか時一は薄く笑い、鏡を手にした。
「此れが、絶対忠誠の結果か…」
映る自分の目に時一は自嘲し、自分の姿の後ろに映る不釣り合いな背景に強く目を瞑った。余程耐え切れ無いのか、鏡を床に叩き付け頭を抱えた。泣いて居るのに涙さえ出ない状態に、俺は自分の眉間を押さえた。
「ねえ、宗一さん…」
苦しそうに呼吸を繰り返す珠子は、如何にかならないのかと聞いて来たが、首を横に振る事しか出来無い。
「薬品で色素を抜いた、其れだけでも目は死んだ。だけど見てみろよっ」
何故自分が声を張り上げて居るのか理解出来無いが、こうでもしないと発狂しそうだった。
時一の前髪を掴み上げ、其の顔を晒した。
「白に変色して、眼球が白に変色する意味が判るか?細胞が死んでるんだ。涙も出ない、涙腺迄崩壊して。此の世界、何処探したってな、時一を治せる人間何か居ないっ」
云って、自分の言葉に寒気がした。
時一から視覚が無くなる。
其れを自分が断言した。急に恐怖に襲われ、眩暈がした。視線を床に、でたらめに動かす事しか出来無い。顔が痙攣し、自分が笑おうとするのか泣こうとするのか、将又怒ろうとするのか、時一にどんな顔を向けてやるのが一番か其ればかり考えた。
二度と、自分の顔を見て貰えない。自分を見て笑ってくれない。
其れがどんな恐怖か。
結局、泣く事しか出来無かった。
「俺は…」
今の時一と同じ様な視覚で床を見、白濁した歪んだ世界に吐き捨てた。
「こんな事の為に、時一を独逸に連れて来たんじゃない…」
蹲り、何度も床を引っ掻いた。床板の境に爪は引っ掛かり、剥がれそうな気もしたが其れでも構わず怒りをぶつけた。
「返してくれ…。俺の…」
何よりも大事な物を奪った国。あんなに愛した筈、だから時一を連れて来た。なのに独逸は、自分に碌な思いをくれない。
床が赤く見えてゆく度、怒りが湧いた。
「うちの時一、返してぇな…」
懇願する中で床にある爪を見た。桜の花弁に良く似、一緒に眺めた桜を思い出した。
奇麗だった。本当に奇麗で、こんな未来が待って居る等想像して居なかった。時一は一生、自分に笑って居てくれるものだと信じて居た。
天使が飛ぶ音は豪く煩い。丸で積木が崩れる様な音をして、大嫌いだ。




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