海を挟んだ家族


侑徒に云われた言葉を何度も頭の中で繰り返し、笑う時一の写真を眺めた。自分の愛した時一を全て、自らの手で無くした時一。在の時別れていなければこんな結果にならなかったかも知れない。けれど在の時の自分達は別れるべきだった。
時一は自分の力で歩もうとして居た。其の道に自分は邪魔だった。
自分の性格を良く知って居るから。
時一が自分の重荷になる前に、自分が時一の重荷になる。顔の火傷と同じ様に時一を縛り付け、苦しめる存在になる。だから、義眼を埋め込んだ。
一人で歩ける様にと願いを込めて。
自分の願い通りに時一は一人で歩いた。歩き、走り、そして飛んだ。自分が歩く方向とは真逆に。何時の間にか。
何時の間にか…?違う。はっきりと判って居る。自分が手を離した其の日から、時一は少しずつ、一緒に歩いて居る様で真逆に向かって居た。
「昔は可愛かってんけどなぁ…。和臣もやで。」
何故皆こうも可愛さが無くなるのか、時恵だけが救いだった。
時一と和臣の写真を並べ、宗一は其の前に胡座を掻き説教を始めた。
「自分等二人は可愛無い、はっきりゆうとくわ。和臣はこぉんな目ぇ吊り上がらせて、眉間に皺寄せて…」
和臣の様に目を指で吊り上がらせ、其の侭小さく声を漏らした。
「……………和臣…」
其の侭ベッドに蹲り、震える肩を抱き締めた。
「御前は一体…、何年此の孤独に堪えてたんだ…」
今自分が感じて居る孤独感に、ずっと和臣は生きて居たのか思うと自然に涙が流れた。
周りに人は居るのに、誰一人として味方では無い。かと云って敵でも無い。群集に放り込まれ、必死に其の群集の流れに適応し様と努力するのに誰も自分の存在を認めてくれない。
「辛いわ…」
霞む視界で周りを見た。熱い息が顔を包み、瞬く間に身体を包んだ。
――兄さん…
聞こえた和臣の声に又熱い涙が流れ、真暗な空間に手を伸ばした。生暖かい空気が手を包み、和臣が両手でしっかりと握ってくれて居る気がした。
「ちゃうな…」
――そう、違う。
「うちには、和臣が居てるんや…。孤独や無い…」
――何時も傍に居るって、云ったでしょう?忘れた?
「忘れる訳、無いわ…」
むっくりと起き上がり、伸ばした手を強く握った。
「来て、和臣。うちの中に…。一人や無いて、実感したいわ…」
揺れた木の影が笑って居る様に見え、窓も閉まり隙間風も無いのにカーテンが揺れた。両腕を広げ、高く天井に伸ばすと暖かい空気がゆっくりと宗一の身体を包んだ。其の侭ベッドに沈み、息を吐いた。
黒い天井が明るく見え、涙が止まった。
「…………おおきにな。」
――御安い御用よ、“御兄様”。
「御兄様は御前やて。うちは“兄上”。」
中から反響する和臣の声に宗一は満足し、不自然に熱い身体を起こした。
「さて、橘でも迎えに行くか。」
此れを妄想だと云う人間が居るだろう。けれど宗一にも、此れが妄想だと判って居る。“国”を捨てた人間の元に和臣が来ない事を知って居るから。
酔った様に身体はふわふわ浮き、ふらつく足取りでリビングルームに向かった。ソファで小さく丸まり、ヴォルフを抱いて寝て居る侑徒に宗一は息を吐いた。物音に気付いたヴォルフは耳を立たせ、暗い中に立って居る宗一にびく付いた。
――何だよ、脅かしてんじゃねえよ…
「悪いな、起こして。御前の主人を運ぶからな。」
ヴォルフをソファから下ろし、侑徒を抱えた。揺れた空気に花の香りがし、其の侑徒の匂いを肺一杯に入れた。
「………ミ…」
半開く口から声が漏れ、宗一は目を細めた。小さく“お”と聞こえ、“み”と続いた。
「何や…?何?」
寝て居る筈の侑徒は、其の問いに答える様に声を又出した。
「タカオミ………」
嬉しそうに侑徒の顔が緩み、宗一の胸に顔を擦り寄せた。
息を止めた侭瞬きを繰り返し、視線は泳いで居た。聞こえた、初めて聞く名前にヴォルフは首を傾げ、此奴はソウイツだよな、と侑徒を見た。
「何やの…」
散々、時一を見てるや何や云って於いて自分は何だと、宗一は鼻で笑った。
「自分勝手やなぁ、うち等。」
如何せ、目覚めて聞いた所で侑徒に記憶は無く、又はぐらかされるだろう。
侑徒の過去は一切知らない。素性は知って居ても、人生は知らない。其れなのに何故、互いを知らないのに好きになれ、気になりはするが知ろうと実行に移さないのに付き合えるのか。恋とはそんな物だと云われてしまえば、納得出来てしまうのだから不思議だ。
「人生楽しいな、ヴォルフ。」
――俺子供だから、良く判んねえや。
侑徒の寝顔にキッスをした宗一の姿。其の姿にヴォルフは首を振り、強く目を瞑った。
夜中の二時を過ぎた空には月が浮かび、侑徒を照らす様に月明かりがベッドに差し込んで居た。亜麻色の髪がキラキラと光り、白い月明かりが宗一を囲んで居た。
――何だ、ありゃ。在れじゃ、天使じゃなくて神様じゃねえか。
ヴォルフの視線に気付いた宗一は侑徒から離れ、しゃがんだ。矢張り月明かりが後ろから差し、巨大な影が床に伸び、ヴォルフの上に落ちる。溜息を吐いたヴォルフに笑い、犬でも溜息吐くんやなと頭を撫でた。
――気持良い…。神様の手って、こんなに気持良いんだ…
其の侭床に倒れ寝息を立て始めたヴォルフを抱え、ベッドに寝かせた。
「御休み、二人共。良い夢を。」
宗一の声に侑徒とヴォルフは深く息を吐き、上がった紫煙と共に暗い部屋に溶けた。




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