神様と天使の戯れ


時一の軍服にハンスが笑った。
「何で黒に戻ったんだよ。白で見慣れてるから、違和感あるな。」
「違う、戻ったんじゃない。作り直してるの。汚れが取れないから。」
「汚した?何時も白衣着てるのにか?」
クラウスにワインを掛けられたとは云えず、色々事情があるの、と歯を剥き出し、ハンスを威嚇した。其れが又面白く、笑えた。こんな阿呆に構ってられない時間の無駄と侑徒の腕を引き、引かれた侑徒はハンスに会釈した。困惑顔で会釈する姿が可愛く、如何したもんかと笑う。そんな怪しいハンスを宗一が見ていた。
「御前、本当、日本人の童顔が好きだな…。時一に、橘、時恵に珠子。皆童顔じゃないか…。俺に興味ないのが潜在意識を物語ってる。」
「違う。可愛いなって。」
「自覚無いから相当だぞ…」
煙草を捨て、後ろから付いてきたルートヴィヒに顔を向けた。ハンスって少し性癖おかしいよな、と聞くと、少し?かなり異常だよ、そう返された。四十年以上共に居るルートヴィヒが云うのだから間違い無いだろうと宗一はしてやったりの顔で頷き、新しく煙草を咥えた。否定の意味で首を振るハンスだが、ルートヴィヒに鼻で笑われた。
「私は何でも知ってるよ、ハンス。」
「知らなくて良い事だけ、な。」
意味深な笑みを浮かべ、モルモット達のカルテの整理を頼むとルートヴィヒは手を振り“仕分けがある”と其の場から居なくなった。カルテの名前と今居るモルモット達の名前を照合し、不要なカルテは必要な箇所だけ取り廃棄して欲しいというものだ。最近ルートヴィヒは忙しく、其れに比例する様に“仕分け”という単語をモルモットの次に良く耳にする。其の仕分けが一体何なのか、宗一は知らない。一度聞いたが上手くはぐらかされた。其の内、嫌でも判る時が来るだろうと気にしては居ないが、もやもやはする。ハンスにはきちんと判っているらしく、訝しげな目で自分を見る宗一の視線に気付くと、ゆっくりと逸らした。
「さて…。俺も業務に掛かるとし様。今日も一日、頑張ろう。な。頑張ろうっ先生っ」
納得行かない宗一の肩を数回叩き、上手く逃げた。
「皆、無視しなやぁ…。泣くで。」
真白な雲がゆっくりと流れる空を見上げ、其れに紫煙を重ねた。ハンスの云う通り、今日も一日頑張ろうと、地下へ向かう階段のドアーを開けた時、全く此処には、此の場所から出てくるには相応しくない生き物が飛び出して来た。
「は…?」
ダークヘアを持つ子供で、其の後ろから数人続いた。赤毛であったり、ブラウンであったり、唯、ブロンドは居なかった。何時から此処は託児所になったのだろうと見張りを見たが、暢気に前を向いた侭だ。此の子達は何なのかと聞こうとした時、一番最初に宗一にぶつかった子供が聞いた。
「ルーイ小父さんは何処?」
「ルーイ小父さん?」
此の子供が一体誰を探しているのか判らず、見張りに目を向けたが矢張り前を向いた侭だった。見張り迄も自分を無視するのかと、此処迄来たら開き直ろうと頷いた。
「ルーイ小父さんって?」
「飴くれる人。後、御医者さん。」
「んー…。もう少し、詳しく。顔とか、判る?特徴とか。あ、特徴って判る?」
白衣を着ている人間等ごろごろ居る。勿論宗一も其の一人。唯一違うのは飴をあげない事だけ。一体誰の事か判らず、首を捻っていると赤毛の子供が、白い軍服を着てる、そう云った。
「白い軍服?此れが、白?」
白衣の下の軍服を触り、宗一は聞いた。
「うん、其れが白。其れに、白衣着てる。」
宗一はゆっくり頷き、特定した人物に笑みを零した。
「其の小父さんって、こーんな風に髪を上げて。」
「そうそうっ」
「なぁんか、へっ、とか笑ってる感じ?」
「そうそう、其の小父さんっ」
子供達の笑顔に宗一は腹を抱えて笑い、背丈を合わせた。赤い髪が太陽に透け、飴玉みたいな色をしている。
「其の小父さんね、今、違う場所に居るんだよ。もう直ぐ戻るんじゃないのかな。」
「なあんだ。飴無くなったのに。」
「ねー。」
「小父さん、直ぐ戻るって云ったんだよ。」
「小父さん嘘吐きだ。」
「判った判った、じゃあおいで。其の小父さんが飴を隠してそうな場所、小父さん知ってるから。」
見張りに聞こえているのは確実だが、内緒話をする様に子供達を寄せ、小声で話した。一瞬見張りの顔が動いたのだ。
「本当っ?」
「小父さん、良い人だっ」
飴をあげるだけで良い人と呼んでくれるのなら、幾らでもやろうと宗一は笑う。モルモット達からは悪魔と呼ばれ、見張りさえ相手にしてくれない。
肩に掛かる白衣が揺れ、後ろを歩いている宗一に何気無く向いた子供が、ふと云った。
「神様……?」
「え?」
「あ、小父さんか。」
宗一が立つ調度真後ろに太陽は位置し、地下に進むので当然子供達から見れば逆行になる。おまえにドアーを開けていたので風も入る。髪は太陽に透け、白衣は下から吹き上げられ、逆行の所為で大きな影を作り其れを光が縁取っていた。何気無く振り向いた子供が、其の宗一の姿を神様と勘違いした。
何事も無かったかの様に階段を降りる子供。
「俺は、神様じゃない…。そんな人間じゃ…」
何故二回も云われるのか、宗一には理解出来なかった。
少し気分が悪くなり、覚束無い足取りで笑う子供達の後ろを付いた。其処で気付いた。
全員、対になっている。背丈も同じであれば、肉付きも同じ。詰まり、此処に居る全員双子だった。
「君達は、全員双子…?」
一斉に振り向いた顔。宗一は怖くなった。双子でも、唯の双子ではない。一卵性双生児の子供達が集められている。其れも、こんな場所に。
ルートヴィヒが一体何を考え居るのか、仕分けとは一体何なのか、此の子供達は一体如何なるのか。
「ねえ、飴は未だ?」
一斉に云われた言葉に吐き気がした。




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