神様と天使の戯れ


「最近やたら、皆に神様って云われる。」
頭に響く鋏の音に紛れ聞こえる宗一の声に時一は笑う。
「何でだと思う?」
昨日迄は確かにブロンドだった。其れがたった一晩で、時一の髪は黒髪に近い灰色の髪色になって居た。侑徒は気味悪く思ったが、宗一には何の感情も無いらしく、暢気に時一の髪を切って居る。其れを見るハンスは、咥えた侭の煙草から灰を落とし、面白くなさそうな目をして居る。
「昔と同じじゃないか…」
「そうだな、昔も切ったな。」
一番最初、初めて義眼を入れた時を三人は思い出し、一人知らない侑徒は無言で三人を見て居た。
「在れは最悪だった。行き成り切ったんだから。」
「少しは進歩してるだろう?」
「そうだね、見えないけど、音は違うね。」
「こんなもんか?ハンス。」
鋏を置いた宗一はベッドから離れ、ハンスと並んで時一を見た。
長く垂れて居た前髪を切り、目の上辺りで揃えた。似合わない訳では無いのだが、髪質の所為でか和臣と似た様な髪型になってしまった。
此れが、宗一の様に直毛であれば少しは違って見えたかも知れないが、自分達は生憎母親に髪質が似た。宗一は直毛で、他三人は猫毛で、時一達には癖毛が入る。其の髪質で前髪を目の上で揃えると全体に丸みを帯びる。
宗一には其れが気に食わない。
「もう少し、短く…、段を入れたら良くないか?」
「俺と同じ髪型にならないか?」
「良いね、宗一と同じにしてよ。」
持って居た手鏡を振り回し、其の所為で切った髪の毛が散らばった。
「良し、とことん短くし様。」
持ち直した鋏を空切り、不安を覚えた時一は宗一から鋏を取り上げた。失敗した嗚呼失敗した、を繰り返されて坊主にされたら堪ったものでは無い。此の侭で良いと云った時一に、見て居た侑徒がふと口を挟んだ。
「前髪を、分けたら良いんじゃないですかね。」
俺みたく、と時一の前髪を左右に分けた。
「ほんで、斜めに…。整髪料付けて…」
小さい手が額や頭に触れ、髪を弄られ、少女と人形遊びをして居る気分になった。人形は勿論時一だ。
「如何ですか?」
「嗚呼、ええん違う?」
「はあ…、整髪料って、後ろに撫で付けるだけが能じゃないんだな。」
ほら、と手鏡を時一に見せたが見れる筈は無く、其れを思い出すとゆっくり自分に向け、撫で付けた髪を撫でた。
「今日も格好良いな、俺。」
「一日何回其の言葉云えば良いの?」
「今は朝だろう?だからそうだな、後二十回は寝る迄に云うかな。」
如何せ目覚めた時は鏡に向かって、御早う男前、今日も独身一男前だ、なのだろうと安易に想像出来、ハンスが独身な理由、しっかりと理解出来た。此れは結婚出来無い訳だと、宗一は額を掻いた。
時一と云い、和臣と云い、ハンスと云い、大変素晴らしい顔を持って居るが、其処迄惚れる事は無いだろう。
「うちは鏡大嫌いや…」
「嗚呼、奇遇ですねぇ先生ぇ。俺もです。」
一生見なくて済むならそうしたいと思う程、二人は鏡と自分の顔が嫌いだ。
「先ず、垂れ目が嫌や。眠そうやぁ…。びしっとしてたらええけど、こないな目ぇ見たってなぁ…」
「俺もです。アルツト ゲーテみたく愛らしい目なら、そら俺だって鏡が大好物になりますよ。其れに此の口元。大嫌いです。」
「そう?うち好きやわ。」
「何処が。」
侑徒は鼻で笑い、馬鹿にした目でハンスから鏡を受け取った。まじまじと眺め、もう一度鼻で笑うとベッドに投げ捨てた。
「悪夢見た気分。」
父親そっくりな顔等、吐き気を催す。
そう侑徒は吐き捨て、宗一は侑徒の父親の顔を頭に浮かべた。
「嗚呼、せやぁ。父親そっくりやな。」
「侑徒の父親って?侑徒そっくり?」
時一は聞き、手探りで鏡を探した。見えはしないが染み付いた癖で髪を整え、紅を引く真似をした。
「橘より、もっと、せやなぁ、加納はんに近いわな。」
加納が垂れ目になった感じ、そう形容すると時一は口をへの字に曲げ想像し、浮かび上がった顔に笑いが漏れた。
「侑徒の顔に加納の繊細さと冷酷さを滲み出した、と云うか張り付けた感じ?」
「…せや。ほんにそない。」
「全然似てないだろう?其れ。加納の折檻糞野郎は、視線で人を凍り付かすけど、侑徒、どっちかって云うと、ぼーっとしてるだろう。人畜無害そう。」
「してません…。けれど危害は加えません。」
否定した侑徒は俯き、しかし何処と無く笑って居た。生まれて初めて、父親と似ていないと断言された。全て父親の二番煎じだった侑徒は、初めて違うと云われた事に喜びを感じた。
目の見えない天使は日影に向き、薄く笑う。羽が無くとも、太陽の光を受ける時一は天使に見えた。そして其の頭を撫でる腕は、神様。天使と神様の存在に侑徒は息を吐き、自分の白衣を撫でた。
自分は一生、天使にはなれない。
強い意思も、守る物も無い。そして愛されもしない自分は、こうして二人を羨んで居るのが似合いなのだろう。
だから、決意した。
矢張り自分に宗一は相応しく無い。神様の手は、天使が掴んで居るべきだと、手を引いた。
其れが間違いだったと気付くのに、そう時間は掛からなかった。




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