Befehl-命令


追放先はソヴィエトだと、親衛隊の一人に聞かされた。其の翌日の朝食には、前日の侭全く手の付けられて居ない夕食の入るトレイを机から薙ぎ倒し、銃を無言で置かれた。追放されるのは昼、其の間に、アーリア人を全うするか、ユダヤの章と共に生きるかを、銃は知らせた。
少し膿んだ章を、腫れた目で眺め、鼻を啜った。
「俺は、違う…」
章に投げ掛け、又身体を震わせた。
銃の線を撫で、光に当て、窓から見える葉の影を見詰めた。浮かんだ昔の恋人の顔に、腕が痛む。そして、父親の言葉が顔に重なった。

ユダヤ人に惹かれるのは、流れる血だろう。

恋人が死んだ時、父親が云った。
彼には四分の一ユダヤの血が入って居た。其れを父親は皮肉り、母親の写真を捨てた。
恋人が死んだ同じ時、敗戦国である独逸の景気は暴落した。職が無く、浮浪者が道に転がり、頭の良い、父親曰く狡賢いユダヤ人だけは裕福だった。母親は、そんなユダヤ人を選んだ。父親とは真逆に贅沢が大好きな女で、何故此の二人が結婚したのか周りも疑問に持つ程だ。
独逸の景気を悪くさせるのはユダヤ人、職が無いのもユダヤ人が奪うから、全て、ユダヤ人の所為に此の国はした。
其れから、父親の反ユダヤ民族の思想は強くなった。そして、完全に此の国を反ユダヤ国家にした。
「此の俺でさえも、父さんには許せ無いんだ…」
違う。
父親には、脅威である。
ユダヤの血が薄く流れ、同性愛者でもある。其れが露見して仕舞えば、忽ち周りは手の平を返す。父親に守られて居る様にも見える生活は、裏を返せば単なる支配に過ぎない。
最期を決めるのも、父親。

私がそうだと云えば、御前はそうだと云え。

ヒラー元帥。
口に出すと、全く陳腐な物に見えた。
父親も、独逸も、恋人も。
全てが一瞬で、作られた魂の無い塊になった。
銃は冷たく、熱い口の中では一層判った。
総統閣下万歳。
涙が流れ、確かに其れを云う、命令に従う筈だった。アーリア人として全うする筈だった。
然し口から出たのは、
「ユダヤの星は、落ちない。」
此れだった。




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