Heil-万歳


ベッドの中でうつらうつらとして居ると、電話のベルが鳴った。朝早くに御苦労さんと私は手を伸ばした。
「はい。」
聞こえた言葉に言葉を直し、辺りを見渡した。夫が居なくて良かったと、別悪い事をして居る訳では無いがそう思った。
『御繋ぎします。』
暫く雑音が聞こえ、そして聞こえた独逸語に笑いが出た。
「何で貴方、知ってるの。」
必要最低限にしか教えて居ない筈が、若しかしたら其れは私の勘違いで教えてしまったのだろうか。いやそんな筈は無い、教える理由は無い。そう断言したかったのだが、私は相手の娘を預かって居た。矢張り私が教えて居たのかと、記憶力の悪さに落胆した。
『知りたいか?』
「自分で教えた気がするわ…」
『いや、恵御。此の間電話して来た。』
在の馬鹿女。今度は私が云ってやる。何を無断で国際電話を掛けて居る。確かに、自分の家と思って好きにして良いわ、とは云ったが、此の娘の両親が独逸に居る事等忘れて居た。孤児院で育ち、又其れ等を見て居た私はすっかり、恵御を自分の子供にして居た。
恵御はそうだ、時一の子供だ。
「其れで?朝から何。」
『コハク・ヴォイドさんよ。』
「何よ…」
時一から“馬鹿女”以外で呼ばれない私は、其の呼び方に気味悪さを覚えた。
『御前に頼みがある。』
「何よ…。恵御は返さないからねっ」
『いやっ返せよっ。俺の娘だぞっ。馬鹿が移るだろうっ』
「何、早く云いなよ。」
電話代が勿体無いでは無いかと心配してやった私は偉い。時一は暫く文句を云い、結局此奴は何なのか、十年以上判らないで居る。
『御前の力を借りたいんだ。』
鳥肌が立った。
「え?御金じゃなくて?」
『御前から金を恵んで貰う程、困って無いよ。』
其れはそうだろう。何と云っても在の国の将校なのだから、下手すれば夫より貰って居るかも知れない。
そんな冗談を何度か繰り返し、積年の恨みとでも云おうか。電話代を上げてやった。
時一からの頼みは、耳を疑った。そして私は、努力はしてみると、英吉利に電話を掛けた。




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