ヰロヲトコ


灰皿の中身を何度捨てたか。待てど暮らせど帰って来ない。店はもう開いている。荒々しく煙草を消した為、中身が周りに散乱した。
「頼む…折…帰って来て…」
「……………。」
何処かに向かって拝む新の姿に、井上は呆れた冷めた顔を向け、咥えた侭の煙草から灰を落とした。井上が此処に着たのは、本郷から、浮雲も名乗る男が公爵を迎えに来たと連絡を貰った為だ。そうして黒猫楼に来てみれば案の定居ない。
「あのさ。」
「んえ…」
窶れた顔を向け、新はあははと笑う。
「神楽坂と浮雲って何?出来てんの?」
「…な訳無いでしょうよ…」
「だよなぁ…」
新は新しく煙草を咥え、井上が火を点けた。
「公爵、奥さん居るじゃん。」
「浮雲は、神楽坂の事そう思ってんの?」
「もう、浮雲さんの事何か、判らないよ…」
ごつりと机に頭を打ち付け、修羅場だけは止めてくれと、溜息を吐いた。井上は厭らしく、ふへ、と笑い、大金を顔の横に置いた。新は顔を歪ませ、其の金を掴んだ。
「旦那ぁ…」
「神楽坂みたく大金は出せねえけど、此れ位なら出せるぜ。」
公爵の拘留は陸軍の所為なのだからと、公爵が拘留されている間、少し貢献している。
「旦那が居なかったら此の店、本当無いよ…」
此れで店代は納められる。
「地獄に仏とは旦那の事…嗚呼、流石は神様仏様本郷様の御親友…」
「懐かしい事云うな…」
「大日本帝國陸軍万歳っ」
掴んだ大金を空に突き出した。
「………御前、本当大丈夫か?」
本気で新が心配になり、井上は同じ様に机に顔を付けた。
「鬼様修羅様木島様とは、ど偉い違いだ。死ね、死ね。ってもう死んでるか。」
「一応父親だろうよ。」
「木島和臣等、記憶に御座居ません。」
「俺も記憶に御座居ません。」
視線が合い、何だか面白く、二人は笑った。




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