誉め殺し


折角浮雲が傍に居ると云うのに、雄一は机に向かって居る。邪魔にならぬ様肩に頭を置き、走るペンの動きを見ていた。ペン先から溢れる軍事批判。いや、今日のは違う。物書きらしく話を作っていた。
白い紙に黒いインキが、良く映える。空の白い酒器に少し酒を入れ、浮雲は振り向き、後ろに座る新を見た。新も雄一同様、紙に向かって居る。一人だけ何もする事が無く、暇な浮雲は、失敗した原稿用紙で飛行機を折り、又、鶴を折った。紙飛行機を新目掛け飛ばし、邪魔をする。描き掛けの絵の上に乗り、握り潰した。
「握り潰す奴が居るか、鬼畜。」
「邪魔するなら描かないよ、浮雲さん。」
「馬ー鹿。」
「阿ー呆。」
「何をぅ!?」
「やるか!?」
二人の会話に雄一は笑い、ペンを走らせる。
家に居る依り、此処の方が文章が浮かぶ。前の作品も確か、此処で書き始め、此処で仕上げた。編集者を態々呼び、渡した後は軍事批判の印税と小説の原稿料で遊んだ。銀行に入れた場合、神楽坂家の資産として残る為、手渡して貰っている。先代が残す神楽坂家の金を誰が使おうが雄一の知った事では無いが、印税と原稿料だけは使わせたく無かった。妻の娯楽費の為に拘置されて居る訳では無いのだから。
「ねえ公爵。構ってよ。」
首筋に指先を滑らせ、待つ事に飽きた浮雲は邪魔を始めた。擽ったさで笑い、ふと窓の外に目を向けると、珍しい人物が向かっていた。
「新。」
「何です。」
「窓の外を御覧。」
云われる侭に新は立ち上がると窓の外を見、慌てて部屋から出て行った。
「誰?」
「元軍人。」
「嗚呼、旦那か。」
道理で新が慌てた訳だと、煙管を吹かした。紫煙を吐いた其の口に、雄一は唇を重ね、ペンを置いた。




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