誉め殺し


散歩に出たは良いが、生憎金を持って居無かった。吉原を一周し、多分三十分以上は経ち、疲れたので土手から用水路を眺めた。戻り、支度を済ませば良いのだろうが、又在の機嫌の良い新を見るのかと思うと溜息が漏れた。落ちていた葉を水の上に乗せ、又溜息を吐く。溜息の分だけ幸せが逃げると公爵は云っていたけれど、如何でも良かった。
「嗚呼嗚呼。美人が泣くよ。」
後ろから投げられた声。
「花里花魁姉さん…」
店前なのか、姉さんは着物一枚を適当に着て居た。此れこそ、美人が泣く。花魁にあるまじき姿だ。其処等の床上げ前の女朗じゃあるまいに。
花里花魁。吉原一の大花魁だ。花魁道中は姉さんの為にある様な物で、身請け話に目も暮れず、年季明けを待って居る。
俺が吉原に来様と切っ掛けを作った人だ。
「浮かないね。まあ、何時もか。馬ー鹿。」
「放って…馬ー鹿。」
姉さんは横に座ると同じ様に用水路を眺め、儚いね、そう云った。何が儚いのか良く判ら無かったが、儚いね、そう同じに返した。
「新か。」
「何が。」
「浮雲が不機嫌な理由。」
ちろりと視線を合わせ、拗ねた様な顔で外方を向いた。
「浮雲、知らないのか。」
「何が。」
「新だよ、新。」
「だから何が。」
俺の態度が面白いのか、姉さんは俺の頭を荒く撫で、良し良しと頷いた。
「片割れが女持ちだと、気分悪いか。可愛いな。大事な弟だもんなあ、兄ちゃん。」
「は?」
姉さんが何を云って居るのか理解出来無い俺は顔を歪ませた。新は楼主であって、客は取らない。其れを云うと姉さんはキョトンとし、腹を抱えて笑い出した。
「あんた、馬鹿だね。新が客相手じゃないのは此処の常識だよ。」
「だって姉さんが。」
「馬鹿だね、馬ー鹿。あたしが云ったのは其の意味じゃ無いよ。」
可笑しい可笑しいと涙を拭い、益々気分を害した。
「噂持ち切りだよ。黒猫楼の主の恋相手。年上らしいじゃ無いか。」
「は?」
そんな話を初めて聞いた俺は、姉さんに詰め寄った。俺が知らないのに、何故皆知って居るのか。
そしたら何、凄く簡単な話だった。
大門の外で抱き合って居た。相手は中に入らず、何時も外でキッスと抱擁を交わす。偶に姿が見えなくなるから、あれはイイコトをしに行って居ると、今吉原で、暇な人間の一寸した楽しみの種になっている。
唖然とする俺に姉さんは、本気で何も知らないのかと呆れた。
「浮雲は周りに関心が無さ過ぎるからね。仕様が無いか。」
此の話を聞いた以上、何としても、新の機嫌を悪くさせたい。公爵の力でも借り様か。しかし公爵は、其の類が大好きだ。
「うーん。道理で蹴飛ばすだけじゃ、機嫌悪くならない筈だ。」
「一寸あんた。そんな事してる訳か?」
「だって、腹が立つから。」
「可哀相に…」
今度、新の好物でも食ってやろうか。戸棚の羊羹、あれが良い。公爵がくれた寅屋の極上品。
姉さんに別れを告げ、羊羹の味を思い出し乍ら戻った。
「御帰りやすぅ。」
「新は?」
「新はんやったら、用事やゆうてさっき出て行きはりゃしましたえ。」
「ふぅん。」
ならば絶好の機会だ。今の内に食ってしまおう。
いや、待て。
「おい、藤波。」
「へぇ。何どす?」
「若しかして、大門か?」
「せやと思いますえ。良ぇ大島着てはったから。」
コイツ迄知って居たとは。俺の馬ー鹿。
羊羹は後にして、今は其の色女でも拝みに行こう。そして其の後、存分にからかい乍ら茶を啜ろう。
全く俺は、良い性格をして居るよ。




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