わっちゃ悪くない


家に帰ると、頭を下げる手伝いの前に仁王立ちした妻が居た。見るからに機嫌が悪そうで、私は一瞥しただけで数人の手伝いを後ろに書斎に向かう。
「雄一さん。」
妻の声に溜息を殺し、階段の手摺りを持った手には汗が滲んで居た。無言で振り向いた私に妻は靴音を鳴らす。死刑囚の気分だ。
「又、吉原?」
私の服から微かに香る、妻とは違う浮雲の粉の匂い。
「違いますよ。」
「嘘よ。」
「そう。ならそう思って居て下さい。」
私の方が年上であるのに、妻に敬語を使うのは他人と思いたいから。子供が居なければ、何れ程良いか。容易く離婚出来るのに。
子供が可哀相だから離婚しない訳では無い。私の自尊心と妻に対する嫌悪を伏せてしまう程、可愛いのだ。離婚すれば子供は妻に取られてしまう。経済力では圧倒的に私が有利であるのだが、何せ反国者だ。そんな人間に、誰が親権等くれ様か。
私は其処迄愚かでは無い。
自分を犠牲にして迄私は、子供と一緒に居たいのだ。
何も云わない妻に冷めた目を向け、シニカルに笑ってやった。妻が口で私に勝つ等、軍事国家を無くす事と同じ事だ。
私は妻の後ろに立つ手伝いに笑い掛け、息子を書斎に呼ぶ様伝えると階段を登った。
夫と擦れ違いに息子が現れ、今御父様の御声が聞こえた筈何だけれど、そう云った。其の台詞に腹が立ち、引っ叩いた。なのに、夫に似た目を私に向けるだけで、可愛く無いと素直に思った。




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