崩壊するしか道が無い
余程妻とのやり合いが面白かったのか、車に乗ってから雄一はずっと笑っている。反して折はずっと猫の喉を撫でている。くつくつと笑う雄一の声に紛れ、猫のぐるぐると鳴く声がエンジンに絡む。
「玲子の顔見たか?不細工だったな。」
思い出す度可笑しい。何処ぞの狐の様に折檻癖は持ち合せて居ないが、在の顔を一度殴ってやりたいと思っていた雄一は胸がすっとし、あーあ、とシートに凭れた。しかし、ずっと大人しい折が気になる。全く雄一を見様とせず、猫を撫でている。
「浮雲?」
無理矢理連れ出し、妻から叩かれた所為で不機嫌かと覗いた折の顔は赤かった。
折は、不機嫌で雄一の顔を見ない訳では無い。
恥ずかしいのだ。
憤慨した雄一を格好良いと思う自分に呆れ、そして其の感情の所為でまともに見れ無い。だから黙っている事しか出来ない。
「大丈夫か?」
何時もの様に肩に手が触れただけだと云うのに、折は強請りを見せる。勿論雄一は驚き、名前を呼んだ。折、と。
「私が怖いか?折。」
初めて其の名前で呼ばれた。こんな時に。
猫を撫でていた手が雄一の頬に触れ、其の目に雄一は息を飲んだ。
「そんな目で…」
「公爵…」
「呼ばないでくれ…私はもう、公爵では無い…」
十八の色気が、こんなに強烈だとは、流石に知らなかった。
「駄目、だ…」
止めろ。そう云う前に折の口が重なった。
折が自分の事を好きなのは初めから知っていた。何故、自分は其れを止めてやらなかったのか。男花魁と云う物珍しさに付け込んだ。其れだけだ。
「浮雲…」
大門で車は停まり、雄一は俯いた侭折の両肩を掴み、身体を離した。
「済まない…」
其の言葉に折は眩暈を知った。
誰も、自分を愛してくれやしない。
知っていたのに、錯覚した自分は馬鹿だ。所詮自分は、男。雄一に惚れて貰おうと思った自分が憎らしい。
「私は…」
「良いよ。」
雄一には云わすまいと折は肩から手を離し、猫を抱くと無言で車を降りた。後を追う事は簡単なのに、追ってしまえば地獄を見る。
男に惚れる事は、雄一には出来ない。
「所詮…籠の中だけの世界だったんだ…」
猫を抱き、泣きながら歩く折の姿に、吉原の人間は驚き、身を遠避けた。
「浮雲…」
其の異様な折の姿を、窓から見ていた花里は心が痛くなった。
黒猫楼が崩壊したのは、其れから四日後の事だった。
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