意外な事実に驚いた


東京を離れる前に折は一度だけ黒猫楼に足を向けた。本来なら二度と見たく無い場所だが、如何しても行か無ければ為らない理由があった。楼に残した、在の二匹の黒猫だ。一匹は雄一の家で拾った浮島で、もう一匹は元からいる、新が飼っていた黒だ。一週間誰も世話をして居ない為、生きているか疑わしいが吉原の事だ。横に店を構える誰かが餌位くれているだろう。
吉原は、何故か動物が多い。
誰が飼っているか判らず、犬猫が歩いている。其れを暇な床上げ前の女郎や番頭が面倒を見ている。猫が居る理由は判る。鼠駆除の為だ。では犬は何の為だろうと考え、そうか番犬かと折は一人納得していた。
そんな吉原で此の二匹の猫は逞しく生きていた。
「浮島。」
折の声に、黒とじゃれていた浮島は反応し、黒を一瞥すると尻尾を揺らし乍ら折に近付いた。
「御前ね、黒を余り苛めるんじゃないよ。」
折に抱えられ喉を鳴らす。其の折の足元に黒が擦り寄った。
「黒。御前も御前だよ。御前雄だろう?雌の浮島に負けて如何する。」
黒を見下げる浮島の顔に折は無表情で、しかし内心は面白い。最後にもう一度、此の黒猫楼を見上げると、折は吉原を後にした。
唯一花魁道中をした男花魁、浮雲。
其の名と遊郭絵師、新が残した姿は吉原の歴史に刻まれ、戦後吉原解体迄語り継がれる事となる。




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