蝉の声


美しひ蛹を見た。
蝶ゝでも無く、芋蟲でも無く、私が見たのは蛹だつた。
とても竒麗な、金や蒼、朱や黒の其れ糸を躯に巻き、蛹は静かに其處に居た。絹糸の樣な細ひ目で私を弌瞥し、ふつと糸を輟じた。口からゆつくり糸を吐き、其れで私を絡め取つた。

――君ノ名前ハ…?

蛹は聲無く蠢動し、私の頬に触れる。其れが堪ら無く私の性を動かし、美味さうな木の実の樣に朱く塗られた爪にキッスをした。
黒と紫の糸。蛹の髮だ。
白ひ絹は私の手を何無く滑らし、もつと奥へと、私を誘つた。
手に触れる其れは芋蟲の樣な形をし、又然んな軟らかさを持つてゐた。幼ひ頃触り、潰した記憶が手に甦つた。

――之レハ…

私はてつきり、其の蛹は「雌」だと思つて居た。居たのだが、推測に過ぎず、「雌」とも「雄」とも、私には取れ無ゐ。
其の蛹の芋蟲を潰したひ破壊衝動に駆られ、強く握ると、少し蛹は唇を囓んだ。軟らかひ芋蟲は何故か少し堅さを帯び、少し起立する。

――痛ヰノガ、好キナノカ。

蛹は頷き、又強く握つてやつた。蠢ひた蛹の腕は、うつとりする程細く、私の背中に回つた。
私は自分でも驚く程蛹を優しく胸に抱擁し、頭に唇を押し付けた。黒ひ糸から覗く絹に唇を置き、仰け反る顎にもキッスをした。抱擁する腕を緩め、後ろに倒れた蛹の上に伸し掛ゝり、頭にキッスをし乍、芋蟲を潰した。
自分の下で蠢く蛹は何とも妖艶で、私は自分を見失う感覚を知つた。
堅く軟らかひ芋蟲は私の手の内で變態し、粘膜をゆつくり私に知らせた。
其の時だ。
私は蛹の聲を聴ひた。

――噫、イク………。

芋蟲の息を止める樣に根元をきつく握り、芋蟲の白ひ糸を見た。之れが蛹を巻く糸であり、そして、完全變態した。
蛹は痙攣後蝶ゝと成り、私の掌に細く伸びる自分の吐ひた糸を眺めた。
其の蛹と糸に、堪ら無ひ愛を感じた。




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