新が作ったココアを大層気に入った折は、毎日其れを新に望んだ。
折は良い。命令し、飲むだけなのだから。新も新で、人が良いと云うか折に甘いと云うか、チヨコレヰトを茶箪笥に常備し、命令があれば其れを作った。しかし作る過程は最悪な物で、布巾で鼻と口を塞いでも甘ったるい匂いは新を苛め、鍋に向かい“太れ太れ”と云う新の姿に藤波は呪いを連想した。
そんな在る日、何時もの様に折は「ココア」と一言云った。頂戴、も何も無く、ココア、と其れだけを。帳簿を付けていた新は、此れが終わったら、と云ったのだがすかさず折が算盤を崩した。溜息を殺し新は立ち、茶箪笥を開けた。チヨコレヰトの前に常備していた羊羹は、全く姿を見せ無くなった。
茶箪笥を開けた新は何も取り出さず閉め、何事も無かった様に帳簿をやり直し始めた。
「おい。」
「んえ。あっち行って。」
「ココアは。」
「今日は無し。」
「何でだ。」
「チヨコレヰトが無いから。」
瞬間、算盤の珠が顔面を削り、悶絶していると外に放り出された。
「買って来い。」
「え…」
冗談では無い。後三十分もしない内に店は開く。楼主が居ないのに開けるかと新は云ったが無言で財布を投げ付けられ、其の侭鍵を閉められた。
「一寸…おい。冗談だろう?」
幾ら揺すっても扉は開かず、其れ処か折の気配さえ消えてしまった。チヨコレヰトが売っている店迄軽く一時間は掛かる。何故チヨコレヰト一つで、其れも折の用事で二時間も歩か無ければならないのか。其れでも新は、重たい腰を上げた。




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