大門から出て連なる桜の木に蕾を見た。吉原に桜が無いのは昔からの常識で、何故無いのか公爵に聞いた事はあるが忘れてしまった。其れ程俺には如何でも良い事だった。
無いから無い、だからと云って、俺に不便は無かった。桜等、大門を出れば幾らでも視界に入れる事が出来る。抑、桜に等興味は無かった。
花に興味が無い訳では無い。
俺には、俺だけの桜がある。其の桜以外、見事な姿であろうが興味引く事は無かった。
其の、たった一つの、桜の木。
俺の心を捕らえて離さない、花弁の柔らかさを俺の頬に教える事も散る事も成長する事も無い、色彩の無い桜。其の花弁の色であろう額に、其の桜は咲いて居る。
俺は其れを、珈琲を飲み乍ら、春は必ず見る。
一年の内の、たったの十日。俺は其の桜を見る。そして、春を知る。




*prev|1/2|next#
T-ss